第80話

   ◆



 昼休み。今日は梨蘭とも、龍也や寧夏とも飯を食わず、俺は例の校舎裏にやって来ていた。


 校舎からも、外からも見えない完全な死角。

 本来は立ち入り禁止のこの場所だが、誰にも見られたくない時にはうってつけの場所だ。


 石造りのベンチに腰掛け、待つことしばし。


 地面を擦る音と共に、ひとつの影が校舎裏に現れた。

 不安そうな顔で、キョロキョロと周りを見渡す。

 そして俺を見つけると、太陽のような笑みを浮かべた。



「サナたん!」

「来てくれてありがとう、土御門」

「ううん! サナたんからのお呼び出しなら、例え火の中水の中! スラム街だって裸で歩くよ!」

「自分の体は大事にしなさい」



 そこまでの鬼畜要求はしねーよ。


 ひよりを手招きし、ベンチの隣に座らせる。

 ニコニコといい笑顔だ。


 可愛いピンク色の包みから、色とりどりなおかずの入った弁当を広げる。



「えへへー。サナたんとお昼ご飯なんて初めてだねー」

「そういやそうか。悪いな、呼び出して」

「んーん。でもびっくりしたよー。2人きりで相談したいことがあるっていうんだもん」



 うっ……なんかちょっとトゲのある言い方……。



「……こんな時ばかり頼って、本当にごめん。最低だよな、俺……」

「ううんっ、気にしないで! ひより、サナたんに頼られるの好きだもん! じゃんじゃん頼って!」



 土御門は相手をヒモにする能力でもあるのだろうか。

 土御門になら甘えてもいいと心から思ってしまう。


 い、いかん。いかんぞ俺。気をしっかり持て。



「それで、相談ってー?」

「あ、ああ。……実は友達の話なんだがな」

「聞きましょー」



 竜宮院のことだと言うのを気取られないよう、言葉を濁し、言い回し、現状を話していく。


 土御門は弁当をつまみつつ、真剣な顔で聞いてくれた。



「ほむほむー? つまり、サナたんのお友達が同性と赤い糸で結ばれてるけど、家族からは理解を得られない、と?」

「まあ、そんな所だ」

「んー……まず前提の話をするんだけど、何でサナたんはお友達のためにそこまでするの? お友達がどうにかすればよくない?」



 ……どうして、か。

 改めて言われると、言葉につまる。

 何で俺は、竜宮院とリーザさんのためにここまでやるんだろうな……。


 箸を置き、ふと空を見上げる。

 梅雨明け間近というニュースの通り、今日は雨は振っていないが、曇天が空を覆っていた。



「……どうしてなんだろうな……わかんねーや」

「……ぷはっ! うんうんっ、そう、そうだよね! あはははは!」



 めっちゃ笑われた。

 解せぬ。


 爆笑している土御門を見ると、お腹を押さえて涙目だ。いやどんだけ爆笑してんだよ。



「ひーっ、ひーっ。あーお腹痛い」

「そんな笑うことないだろ……」

「ごめんごめん。でも、サナたんらしいやって思ってー」

「俺らしいって?」

「誰かを助けるのに、理由はいらないってところかなー。ま、そんなサナたんにひよりは助けられて、好きになったんだけどねー」



 またこいつは、何でもないように「好き」って言うな……。


 でも……確かに、理由なんて思い浮かばない。

 目の前で困ってる人がいれば、助ける。手を差し伸べる。それが普通で、当たり前だと思ってたから。


 うーん……普通じゃない、のか?


 首を傾げてると、土御門は納得したように頷いた。



「うんうん。サナたんの相談はわかったよ。でも正直、サナたんができることって限られてると思うんだよねぇ」

「……やっぱりそう思う?」

「うん。家族に認めてもらうには、当事者の本気度を見せなきゃいけないからー」



 当事者の本気度……。

 やっぱり俺が入る隙はないのかな。



「サナたんにできることは、お友達のために親身になってあげることくらいかなー」

「……それだけでいいのか?」

「もちろんー。相談に乗ってあげるだけで、気分は晴れるもんだよー。現に今のサナたんも、そんな感じでしょ?」



 ……言われてみれば、確かに。話す前と後では、少し楽になった気もする。


 誰にも相談できないことを、誰かに話す。

 それだけでも楽になれることもあるんだな。



「……うん。おかげでスッキリした」

「むふふー。お代はひよりんって呼ぶのでいいよん」

「はは。……ああ、ありがとうな。……ひより」



 1回呼んでみると、土御門って呼ぶより、ひよりって呼んだ方が何となくしっくり来る。

 よし、これからはひよりって呼ばせてもらおう。



「……ん? おーい、ひより? どうした?」



 何故か固まってるひより。

 ちょ、弁当落ちる、落ちる。



「……ごめん、サナたん。やっぱり土御門って呼んで」

「……え? だって、ずっとひよりんって呼んでって言ってたろ。さすがにひよりんは恥ずかしいから、ひよりって呼ばせてもらうけど……」

「〜〜〜〜ッ! ひ、ひよりって呼ばないで!」



 え、えぇ……何で? 今までしつこいくらい呼べって言ってたのに。


 顔を真っ赤にし、手で顔を覆った。



「こ、これっ、ちょ……刺激強すぎるから……サナたんに名前呼びされると、想いが止まらなくなるというか……」

「そ……そう、か……?」

「うぅ。ひより、前向いて幸せになるって決めたのにぃ……! サナたんのせいで、またサナたんを好きになっちゃう〜……! いやもう好きだけどぉ〜……!」



 恥ずかしいこと平然と言うのやめろ? 俺まで恥ずかしくなるから。


 それにだ。



「言うか迷ってたんだけど……俺、実は──」

「リラたんと付き合い始めたんでしょ?」



 そうそ……って、え?



「気付いてたのか?」

「当然だよぅ。2人の様子が前とは明らかに変わったもん」



 マジかよ。そんなにわかりやすかったかな、俺達。



「おめでと、サナたん。リラたんのこと、幸せにしてあげてね」

「……ああ、ありがとう」



 ひよりは寂しそうな。悲しそうな。でも、嬉しそうな顔で祝福してくれた。



「俺が言うのもなんだけど……ひよりも、幸せになれよ」

「うん。……あの、本当に土御門って呼んでください。ひよりって呼ばれ続けちゃうと、ひよりおかしくなっちゃう」

「残念ながらクレームは受け付けていません」

「さ、サナたんのいじわるー!」



 ぽかぽかと、弱々しく殴ってくるひより。


 涙目だが幸せそうな笑顔に、俺も少しだけ幸せな気持ちになった。

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