第185話
◆
なんで久遠寺が泣いてるのかはわからない。
なんで久遠寺が悲しんでいるのかわからない。
なんで久遠寺が絶望的な顔をしているのかがわからない。
なんで久遠寺が悲しむと、俺まで悲しいのかがわからない。
◆
「つーことで、記憶喪失らしい」
父さんと母さん、琴乃が病院に来てから医者と諸々話したり検査を受けた結果。
俺はここ半年くらいの記憶が飛んでいるんだとか。
正確には『運命の赤い糸』が現れた直後辺り。
確かに、赤い糸が久遠寺と繋がってることがわかったのは覚えてる。
俺の中にある最後の記憶は、俺と琴乃が一緒に買い物してた時に、久遠寺と竜宮院が突っかかって来たところだ。
「記憶喪失って実際にあるんだねぃ。ウチ、初めて見た」
「ひよりも。でも実際に目にすると……」
「ええ。引くわね」
「引くな」
でも逆の立場として考えると、ちょっと……いや、だいぶ引く。相手には悪いけど。
この先どうなるんだろう。不安しかない。
因みに父さんと母さんは既に帰り、入院に必要な荷物をまとめてくれている。
ここには琴乃が残ってるけど……。
「龍也君、正座」
「あの、してま──」
「土下座」
「あ、えと……こ、琴乃ちゃ──」
「土、下、座」
「この度は本当にごめんなさい!!!!」
お、おおぅ。ガチ土下座初めて見た。
というか琴乃ちゃん、あなた怖いわよマジで。
「……もしお兄がこのままだったら、私、龍也君のこと許さない。反省して」
「ぅ……はい……」
あの龍也がマジで反省してる。いいもん見れた。
「全く……それとお兄!」
「は、はいっ」
「お兄は無茶しすぎ! 色々と! 人から頼まれたことに、はいはい頷くだけじゃダメ! やりたくなかったらやりたくないって言うの! 目指せノーと言える日本人! わかった!?」
「わ、わかりました」
なんか琴乃、俺の知ってる琴乃じゃない。この半年で何があったんだよ、いったい……。
腰に手を当てている琴乃。
だけど次の瞬間には座り込み、俺にしがみついて来た。
「まったくもー……心配かけんなバカぁ……」
「……ごめんな、琴乃」
琴乃の頭を撫でると、ムスッとした顔が笑顔に変わる。
まあそれはいいんだが……。
「お、おーい、久遠寺……?」
「…………」
琴乃とは反対側で、俺にしがみつく女の子。
天敵、久遠寺梨蘭。
──
どういう訳か、なんやかんやあって俺と付き合ってて、婚約してて、同棲してる……みたいだ。
なんやかんやってなんだよ。誰か俺に説明してくれ。いや説明されたから逆に困惑してるんだけどさ。
「久遠寺、そんな所しがみつかれると、色々とアレなんだが……」
「…………」
「……おい、聞いてんのか久遠寺?」
「…………」
イラッ。
え、本当に俺こいつと付き合ってたの? めっちゃ無視されてんだけど。
……正直に言えば、俺の中の【感情】は、こいつのことを『好き』だと叫んでいる。それは間違いない事実だ。
でも俺の中の【思考】は、こいつのことを『天敵』だと叫んでいる。それも間違いない。
『好き』であり、『天敵』である。
どうしよう、脳がバグりそうだ。
動かない久遠寺をどうするか悩んでいると、竜宮院が俺の肩をつついた。
「暁斗君、ちょっと」
「な、なんだ?」
こいつに暁斗君って呼ばれるの、慣れないな。
竜宮院は俺の耳元に口を寄せると、ごにょごにょと小声で話しかけてきた。
「え、それマジ?」
「マジよ。この子、あなたのこと大好きだから」
えぇ、マジかぁ……。
改めて俺にしがみつく久遠寺を見る。
動かない。微動だにしない。でも何か期待してるような雰囲気はある。
あー、うー、えー、んー……はぁ……。
「り、りらん……?」
「!!!! 何!?!?」
うおう!? めっちゃ反応した!?
目は泣き腫らしているけど緋色の眼をキラキラさせ、火照った顔で俺を見上げる。
まるで主人に構ってもらって喜んでるわんこ。何これ可愛い。
「そうよ、私は梨蘭よ、梨蘭! 次久遠寺なんて呼んだら穴という穴に胡麻詰めるからね!」
超満面の笑みで何サイコパスなこと言ってんのこいつ!?
「ね、言ったでしょ?」
「ああ。まさか名前で読んでもらえなくて不貞腐れてるとは思わなかった……」
どんだけ俺のこと好きなんだろう、久遠寺梨蘭。
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