第186話

   ◆



 その後、精密検査やら医者との面談なんかをして、3日が経った。


 その間に乃亜や生徒会長の薬師寺先輩、三千院先生、諏訪部さん、リーザさん。他にも梨蘭や寧夏や竜宮院のご両親までお見舞いに来てくれた。


 いやいや、この半年で俺の交流関係どうなった? 意味わからん、何これ。


 閑話休題。


 検査の結果、どうやら脳に異常はないみたい。経過観察をしながら日常生活を送る許可が下りた。

 こういう時は、日常生活の中で刺激を受けつつ改善していくのがいいらしい。


 そして今日、俺は退院した。

 今日から数日は実家で過ごし、それから梨蘭と同棲している家に帰ることになっている。


 退院の付き添いには父さんと母さんが来てくれた。

 ……なんだが……。



「なんで梨蘭までいるの?」

「私はアンタの運命の人よ? アンタが退院する時に付き添うのは当たり前じゃない」



 何、その「常識でしょ?」とでも言いたげな感じ。俺の中ではまだ天敵認識が拭えないから、違和感しかないんだけど。


 でもせっかく来てるんだし、帰れと言うのもな……。



「そ、そうか」

「ええ、そうよ」



 ふふん、と胸を張ってドヤ顔梨蘭。

 なんかすごくやりづらい。

 接し方がわからないというか、距離感が掴めないというか。


 梨蘭からしたら、俺と付き合ってた記憶があるからいつも通りなんだろうけど……俺からしたら、昨日までいがみ合っていた相手がこんなに献身的になってるんだ。


 俺はこれから、どう接したらいいんだ……。


 現状に困惑していると、父さんがやれやれと肩を竦めた。



「暁斗、もう少し気持ちに素直になったらどうだい?」

「気持ちに素直? 俺は今まで素直に生きてきたつもりだけど」

「…………」



 おい、その「愚息め」みたいな目をやめろ。



「ま、焦らずじっくりだね。とりあえず家に帰ろう。梨蘭さんも、今日は一緒に夕飯を食べようね」

「は、はいっ。ありがとうございます、お義父さん……!」



 えぇ……いつからお義父さんって呼ぶ関係になったの?

 婚約者だから当然なんだろうけど、慣れないなぁ、この浦島太郎感。



 運転手に父さん、助手席に母さん。

 後ろは俺が左側で、梨蘭は右側に座った。


 隣に梨蘭がいる……落ち着かない。

 そわそわ、そわそわ。



「暁斗。隣にお嫁さんがいるからって、そわそわしないの」

「母さんッ」

「あら、事実でしょ?」



 事実だけど! でもそれ言う必要ないだろ!

 ほら、梨蘭も顔を真っ赤にして怒って──。



「えへへ……お嫁さん……♪」



 あ、違う。これ喜んでるわ。

 梨蘭、この半年で変わったんだな。

 俺も半年で変わっていたんだろうか。


 そう思うと、このままじゃいけないって思いが膨らんで来た。

 記憶が戻らないままじゃ、梨蘭は絶対悲しむ。


 頭では梨蘭なんてどうでもいいと思っている。

 けど、感情がそれを否定する。

 梨蘭を悲しませることだけは、絶対にしちゃダメだ、と。





 車に揺られること30分程。

 ようやく我が家に帰ってこれた。



「……なんか、久々な気がする」

「そりゃそうよ。アンタ、この半月は私と新居にいたんだもの」



 それでか。

 記憶では昨日のことみたいに。でも感覚は懐かしい。不思議な感覚だ。

 家に上がると、リビングからドタバタと音が聞こえてきた。



「お兄っ、おかえり!」

「ただいま、琴乃。……あれ、学校は?」

「公休にしてもらった。中学の先生も、お兄のこと心配してたよ」



 そういや、俺の担任って今琴乃の担任もしてるんだっけ。

 なるほど、便宜を図ってくれたんだな。相変わらず優しい先生だ。



「って、今年受験なんだから、あんまり学校休むなよ。俺のせいで落ちたなんて言われたくない」

「だいじょぶだいじょぶ。この間模試でA判定貰ったから。乃亜ももうちょっとでA判定だよん」



 え、嘘。銀杏高校ってかなり偏差値高いし、琴乃と乃亜の成績じゃ難しいと思ったんだけど。



「今失礼なこと考えなかった?」

「気のせい気のせい」



 でも、そうかそうか。この半年、こいつらも頑張って来たんだな。

 成長してるみたいで嬉しいような、悲しいような。



「こら琴乃。お兄ちゃんは疲れてるんだから、まずはリビング行くわよ」

「あーい。あっ、梨蘭たんもいらっしゃい! ゆっくりしていってね!」

「ありがとう、琴乃ちゃん」



 こうして見ると、梨蘭がうちにいるって変な感じ。

 夏休みの間に何度も家に来てるみたいだけど、俺からしたら新鮮そのものだ。


 付き合ってて婚約してて同棲している梨蘭が、俺の実家にいる。

 ちょっと、いやだいぶそわそわする。


 勝手知ったる我が家のように、梨蘭と琴乃はリビングに入る。

 その後を追いかける父さんと母さん。


 立ち尽くしていた俺も、小さく嘆息してリビングに入っていった。

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