第102話

 7月19日月曜日。

 既に夏休みに入って数日が経過していた。


 夏休みの宿題とかやらなきゃならないけど、最近の頑張りのご褒美に、怠惰と惰眠を貪っている。


 夏休み、最高。


 父さんと母さんは、平日だからいつも通り仕事らしい。社会人、お疲れ様です。


 トレーニングはいつでも行けるし、朝は遅くまで寝てよう。

 そう思ってたのに、いつもの癖で7時に目が覚めてしまった。


 これなら二度寝してもいいけど、朝飯はしっかり食わないとな。


 とりあえず顔を洗い、リビングに入った。



「あ、お兄。おはよ〜」

「暁斗、おはよう。寝癖ついてるわよ?」

「おー、おはよーさん。朝早いんだから寝癖は許してくれ」



 えっと。プロテイン、プロテイン。


 シェイカーに入れて、水入れて。

 シャカシャカ。

 シャカシャカシャカ。

 シャ……。



「……ん?」



 今俺、誰に返事した?


 寝ぼけ眼を擦り、リビングを見る。

 リビングで勉強してる琴乃。

 と、その横にいる梨蘭。


 …………。



「んっ!?!?」



 えっ。あ、えっ……り、梨蘭!?


 梨蘭が琴乃と並んで座って……え、何? え?

 もしかして夢か? 梨蘭が家にいる夢でも見てるのか、俺は。


 慌てて頬をつねる。うん、痛い。

 え、てことは……本物?


 梨蘭に近づき、じっと見つめ。



「な、何よ? ……にょっ!?」



 頬を引っ張った。

 おー、柔らかい。モチモチだ。



「にゃにゃにゃっ!? にゃにすんにょよぉー!」

「いや、本物かと思って」

「ほんものらけど!?」

「お兄、妹の前でイチャコラしないでよ」



 イチャコラなんてしてないぞ。本物かどうか確かめてるだけだ。


 もちーん。むにょーん。

 うん、確かに本物だな。


 …………え、本物?



「……なんで梨蘭が家にいんの?」

「そのまえにはにゃしにゃしゃい!」



 あ、ごめん。

 触り心地のいい頬を離す。

 頬をさすり、むーっとした顔をする梨蘭。

 いや、朝から可愛いのやめろ。俺の心臓がもたない。



「いきなり失礼じゃない。女の子のほっぺをもみくちゃにするなんて」

「悪い悪い。……でも、なんで梨蘭がうちにいるんだ?」

「それはこういうことだよっ、お兄!」



 琴乃がにやにやしながら、ばばーんっ、とスマホを見せてきた。

 どうやらメッセージアプリみたいだが……あ?



 梨蘭:予定がないと暁斗に会えない(´;ω;`)

 琴乃:今からうち来ます?(*´ 艸`)ウヒヒ

 梨蘭:行く((((っ・ω・)っ



 …………お、おぅ。



「いやああああ!! なんで見せたの!? ねえ琴乃ちゃん! なんで見せたの!?」

「え、可愛かったから」

「理由になってないわよぉぉぉ!」



 顔を真っ赤にして崩れ落ちる梨蘭。

 恥ずかしいなら送らなきゃいいのに。



「あー……梨蘭」

「ぐすっ……何よ……アンタも私を笑うの?」



 ガチ泣きじゃないっすか、梨蘭さん。



「えっと……俺なら、連絡をくれたらいつでも会えるから。だからこんな回りくどいことしなくてもいいぞ」

「……ほんと?」

「ああ。本当だ」

「じゃ、毎日」

「俺のプライベートを考慮してくれると嬉しいんだが」



 さすがに毎日会うと、俺の時間がほとんどなくなってしまう。

 あ、別に梨蘭と会うのがイヤって訳じゃなくてな。俺にも予定あるし。



「むぅ。……じゃ、次会いたい時は暁斗に直接連絡するわ」

「おう、そうしてくれ」



 プロテインを一気に飲み干し、シェイカーを洗う。

 さて、と。



「で、どうする? 遊びにでも行くか?」



 つっても、まだ7時を回ったくらいだから、どこも開いてないだろうけど。



「あ、待って。まずは琴乃ちゃんの勉強を見てあげないといけないから」

「梨蘭たん、私のことは気にしないでいいよ。すごくわかりやすく教えてもらったし、後は自力でなんとかするから」

「ダメよ。思ったけど、琴乃ちゃんはもっとガチガチに基礎を固めるべき。お兄ちゃんと一緒の高校行きたいんでしょ? 頑張らなきゃ」

「ちっ、ちちちちち違うしぃ! 別にお兄がいるから、銀杏高校に行きたいわけじゃないしぃ!」



 えぇ……俺に進路相談してくれたことなかったのに、梨蘭にはしたんだ。なんか悲しい。



「……それじゃ、勉強頑張らないとな。ファイトだ、琴乃」

「頭撫でるなぁ! がるるるるるっ」



 手を跳ね除けられて、威嚇された。

 犬かお前は。


 ま、琴乃が勉強するって言うなら、邪魔するわけにはいかないか。



「じゃあ部屋にいるから、終わったら呼んでくれ」

「わかったわ。それじゃあ琴乃ちゃん、次は大問の4をやってみましょうか」

「あぁーい」



 リビングを出る前に、チラッと2人を見る。

 頭を悩める琴乃に、懇切丁寧に教える梨蘭。

 こう見ると、本当の姉妹みたいだ。


 ……いや、将来的には姉妹になるのか。義理だけど。

 梨蘭と家族になるなんて、中学の頃は考えもしなかったなぁ……。


 つまり、俺が家長になるってわけで。



「……俺も勉強頑張るかぁ」



 寧夏の親父さんとの約束もあるし、いい大学にはいかないと。


 少しばかり上向いたやる気を胸に、自室に戻って行った。

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