第101話
◆
その日の深夜。
俺はマグカップにコーヒーを入れ、自室でそれを眺めていた。
飲んではいない。眺めてるだけ。
いや、飲む。飲むよ? 飲むけど、なんか勿体ないなーと。
まあ、明日も学校なんだけどな。眠れなくなったらどうしよ。
「……ま、今更か」
コーヒーを飲むだけなのに、なんか緊張する。
すぅー……はぁー……い、いただきます。
マグカップに手を伸ばす。
と、その時。けたたましい音と共に、スマホが鳴った。
誰だこの時間に……って。
「梨蘭?」
なんで梨蘭から電話が。
一瞬出るのを躊躇ったけど、弾む気持ちを抑えて通話ボタンをタップした。
「……もしもし」
『あ、もしもし、暁斗?』
耳元で囁かれる梨蘭の声。
これだけで耳が幸せを感じている。
「お、おー。どうした?」
『いや、何してたのかなーって』
「貰ったマグカップでコーヒー飲もうとしてた」
『! ちょっと待ってて!』
電話の向こうでドタバタと音が聞こえる。
そのまま待つこと数分。
『お待たせ! コーヒー入れて来たわ!』
「眠れなくなるぞ」
『お互い様よ』
確かに。
「じゃ、今日は一緒に夜更かしするか」
『ふふ。悪いことしてるみたい』
「夜更かし程度は悪いことじゃないぞ」
『何言ってるのよ。明日寝坊して、学校行けなかったら十分悪いことよ』
「律儀め」
スマホの向こうで梨蘭はクスクス笑い、コーヒーをすする。
それを聞きながら、俺も丁度いい温度になったコーヒーを飲む。うまい。
「で、どうして急に電話して来たんだよ」
『あっ、そうだった。暁斗、外見れる?』
「外?」
窓を開けて外を見る。
爽やかな夜風が頬を撫で、火照った頬を冷ました。
「何かあるのか?」
『空見て』
「……あ。月?」
空に輝く、冷たく光る月が地上を照らしている。
特に今は深夜。家々からの光は消え、月明かりがよく映える。
『今夜はスーパームーンらしいわよ』
「あぁ、一年のうちで一番大きく見えるってやつか」
『そうそう。空を見上げてたら、教えたくなって。アンタ、こういうの興味無さそうだから』
「梨蘭が教えてくれるものなら、なんだって興味あるさ」
『ばっ!? ……ばか。どうして恥ずかしいことばかり言えるのよっ』
「そんな恥ずかしいことか?」
俺としては、思ったことを口にしてるだけなんだけど。
『……まあ、昔からアンタはそんな奴よね』
「あれ? 呆れられてる?」
『褒めてんのよ』
そうは聞こえなかったけど。
窓枠にマグカップを起き、椅子に座って空を見上げる。
「梨蘭も見てるのか?」
『ええ。……なんだか変な気分。別の場所にいるのに、同じ空を見上げてるなんて』
「近くにいなくても空は繋がってるさ。同じ空を見上げたら、離れていても、近くにいても、関係ない」
『……暁斗って意外とロマンチストよね』
「嫌いか?」
『……好き』
「やめろ、恥ずかしい」
『アンタが言わせたんでしょ!』
ちょ、夜なんだから騒ぐなよ。
「はは。……梨蘭」
『むぅ。何よ』
「好きだ」
『むぅ!』
梨蘭が何かを叩いてる音が聞こえる。
うーん、可愛い。素直になった梨蘭、可愛いな。
『なんだか最近、暁斗にいいようにやられてる気がするわ……』
「気のせいだろ」
『いいえ、気のせいじゃないわ。夏休み、覚えておきなさい。絶対ドギマギさせてやるんだから』
それ宣言しちゃダメじゃね?
相変わらず、律儀というかなんというか。
「……あ、夏休みどうする? もう予定とか決めるか?」
『そうね……とりあえず週一で勉強会しましょうか』
「律儀か」
『アンタの夏休みの宿題の監視よ。アンタ、中学の頃から夏休みを大幅に超えて提出してるじゃない』
「バレてたか」
『当たり前よ。何年アンタを見てると思ってるの』
スマホの向こうでドヤ顔してるのが目に浮かぶ。
梨蘭、お前もだいぶ恥ずかしいこと言ってるの、自覚してます?
「……ま、そうだな。毎週梨蘭に会えるなら、それでもいいか」
『決まりね! それ以外は海でしょ、プールでしょ、夏祭りでしょ、旅行でしょ!』
どうやら相当行きたい場所があるらしい。
龍也と寧夏とも毎年遊んでるし、一日中リーザさんの所に籠るのもいいな。
それに、多分璃音からも深夜ラーメンの誘いもあるだろうし、琴乃と乃亜のストレス発散にも付き合わされるだろう。
今年の夏休みは、忙しくなりそうだな。
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