第188話

   ◆



 家に帰ってきてから3日が過ぎた。

 その間、特に異常はない。頭が痛くなることもなければ、何かを思い出す兆候もなく……。



「……暇だ」



 寝るか動画を見て過ごすだけの毎日に飽き飽きしていた。

 医者や親からはもうしばらく安静にしてろと言われたから、運動らしい運動もできていない。


 正直学校に行かなくていいと言われて、最初はラッキーと思ったが……こうまで何もしない時間が続くと不安が積もる。これはよろしくない。

 ……散歩にでも行くか。それくらいは許されるだろう。


 リビングに行くと、俺のためにしばらく休みを取ってくれた母さんが、洗濯物を畳んでいた。



「母さん。散歩行ってくる」

「いいけど……大丈夫なの?」

「うん。特になんともないし、家にいるだけだと暇だから」

「……わかったわ。それじゃあ、ついでに買い物してきてくれない?」

「わかった」



 母さんからメモ紙と少量の金を渡され、俺は家を出た。

 買い物に行って帰るだけだとつまらないし、少しだけこの辺回ってから行くか。


 9月ももう終盤。夏の暑さも鳴りを潜め、少しずつ涼しくなっている。

 ……夏の思い出がゼロだから、春からいきなり秋になったような感じだ。ものすごく違和感がある。


 歩くことしばし。

 なんとなく、近所にある広い公園にやって来た。

 平日の昼間だからほとんど人はいないけど、子供を連れた親子が数人いる。


 子供、か。そういや、琴乃とよくここで遊んでたっけ。大切な思い出だ。

 けど……なんだろう。もっと大切なことがここであったような……そんな感じがする。

 記憶が飛んだ半年の間に、ここで何かあった気がする。なんだっけ?


 頭の片隅に引っかかって取れない不思議な感覚……ダメだ、思い出せない。


 公園を横目に、住宅街を歩く。

 あっち行って、こっち行って、気の向くままに歩いて——。



「あれ? アキト君じゃん」

「へ?」



 ……誰だ、この幼女。

 身長は多分140センチ行かないくらいのミニマム体形。

 お尻まで伸びているブロンドヘアーに、活発を絵に描いたような緋色の瞳。

 梨蘭のちっちゃい版みたいな人だ。

 まさか、梨蘭の身内? こんな特徴的な瞳をした人なんていないだろうし……。



「えっと……梨蘭の妹?」

「ワォ、本当に記憶が飛んでるんだねぇ~。どーも、リラの姉の迦楼羅ちゃんだよん」

「あね……姉!?」



 え、ちょ、姉ちっさ……!


 梨蘭の姉を名乗る迦楼羅さんは、にししと笑った。



「いやぁ、大変だったみたいだね、アキト君。聞いたよ、記憶喪失なんだって? リラなんて毎日毎日ふさぎ込んじゃっててさ。アキト君が起きてからは、笑うようになったけど。私も心配したよ~?」

「うっ。ご心配かけてすみません……」

「アキト君のせいじゃないし、気にしない気にしない。あ、そうだ、丁度アイスを買ったから、お1つどーぞ」



 と、コンビニ袋に入っていたゴリゴリ君を1つ渡してきた。

 その中にはビールやチューハイが数本。この人、これで成人してんのか。



「あ、ありがとうございます」

「未来の可愛い義弟の為なら、これくらい安い安い。そんじゃ、私はもう行くから。じゃーねぃ」



 迦楼羅さんは元気に手を振ると、スキップして去っていった。

 本当に梨蘭の姉、だよな? 行動が一々子供っぽいというか。

 ……ま、いいか。ありがたくアイスを頂こう。


 アイスを食べながら散歩再開。

 ほどよい熱気の中で食べるアイスもいいものだ。うまいうまい。


 住宅街を抜けて駅前に到着。

 さすがに平日の昼間は人が少ないな。


 時計塔で時間を確認すると、もう15時を回っていた。

 もう1時間近く歩いてたんだな……そろそろ買い物して帰ろうかな。



「……お、当たった」



 なんと。さっき貰ったゴリゴリ君、当たり棒だった。

 さすがに1日に2回アイスを食うのはな……一応持って帰って——



「暁斗!」

「ん? ……梨蘭?」



 声がした方を振り向くと、梨蘭が息を切らして走って来た。

 え、なんでこいつがここに?


 俺のすぐ目の前で息を整える梨蘭。

 汗だくでワイシャツが微妙に透けている。ちょっと……いやだいぶエロい。



「どしたの、お前。学校は?」

「そ、早退してきたわ。赤い糸が動いてるのを見て、居ても立っても居られなくて……」



 あ、そうか。赤い糸を辿れば、俺がどこにいるのかわかるんだ。



「いきなり動き出したんだもの。何かあったのかと思ったわ」

「あー、悪い。散歩してたんだ。何か思い出すかもと思って」

「そう……でもよかった、何もなくて」



 梨蘭は本当に安心したかのように微笑む。

 梨蘭の優しさ、本当に慣れないな……。



「あー……心配かけてごめん。これやるから許してくれ」

「これ? ……あっ、ゴリゴリ君の当たり棒!」

「ついさっき当たってな」

「へぇ。暁斗、運いいわね! それじゃあ早速交換に行きましょう!」



 余程嬉しいのか、スキップして近くのコンビニへ向かう梨蘭。

 こうして見ると……そっくりだな、この姉妹。

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