第189話
「交換してきたわ!」
「おう、おかえり」
温かいブラックコーヒーで口直ししていると、コンビニから梨蘭が戻ってきた。
手にはゴリゴリ君ソーダ味。
意気揚々と開けると、小さい口でかじりついた。
「んーっ、つめたー♪ やっぱりアイスはゴリゴリ君に限るわねっ」
「好きなんだな、ゴリゴリ君」
「ええ。お姉ちゃんと取り合いになるくらい好きよ」
好きすぎじゃね?
ゴリゴリ君を食べている梨蘭と並んで歩く。
あの久遠寺梨蘭が、俺の横でニコニコしている……やっぱり慣れないな、この距離感。
横目で梨蘭を見ていると、俺の視線に気付いたのか首を傾げた。
「どうしたの、暁斗? 私の顔に何か付いてる?」
「いや、美味そうに食ってるなって」
「あげないわよ!」
「いらんわ」
どんだけ食い意地張ってるように見えてんだ。
「……私の食べ掛けをいらないと言われると、それはそれで腹立つわね」
「俺にどうしろと?」
ビックリするほど理不尽だった。
梨蘭はぷいっとそっぽを向き、ガジガジと噛んだ。
おいおい、そんなに一気に食うと……。
「ッ!? 〜〜〜〜! 〜〜!!」
「やっぱり……一気に食いすぎだ、ばかたれ」
頭を押えて頭痛に耐える。
全く、子供かこいつは。
「ほれ、ブラックコーヒー。温かいぞ」
「うぅ、甘いココアがいい……」
「ワガママ言うな」
「……ちび。んえぇ……苦あぁ……」
梨蘭、涙目である。
コーヒーとか苦手だったんだな、梨蘭って。
俺に缶を押し返してゴリゴリ君を食べると、一瞬で幸せそうな顔になった。
なるほど、梨蘭は甘いものが好きなのか。
「それで、これからどうするの?」
「母さんに買い物頼まれてるから、買い物しようかと思う。今日はカレーらしい」
「カレー……!」
急に梨蘭がキラキラした目で見てきた。
「……カレー好きなのか?」
「んっ」
「……食べに来る?」
「いいの……!?」
「ああ。母さんに聞かないとわからないけど」
メッセージアプリで、梨蘭を呼んでいいか聞く。
と、一瞬で既読が付いてオーケースタンプが送られてきた。
「いいってさ」
「やった! やっぱり1人で食べてると寂しいのよね!」
「そういや、今新居に1人でいるんだったか?」
「ええ。アンタが帰ってくるまで、家は私が守るわ。安心しなさい」
何この子超献身的じゃん。
話に聞く限り、俺らの家はかなりでかいらしい。
そんなでかい家に、梨蘭を1人で残している……そう思うと、何となく胸の辺りがチクチクと痛んだ。
「……寂しくないか? その……1人で待ってるのは」
「寂しいわよ。でもアンタが1番辛い思いをしてるのに、私が弱音を吐く訳にはいかないわ」
ごめん、そこまで辛い思いはしてない。
でも確かに、このまま記憶が戻らなかったらどうなるのか……不安になる時はある。
梨蘭がここまで俺に心を開いてくれてるんだ。この半年間の濃密な時間は、想像にかたくない。
このままで問題はないが、このままじゃダメだ。
梨蘭とのこの半年間を無駄にする訳にはいかない。
俺は密かに兜の緒を締め、梨蘭と共にカレーの材料を買って家へと帰った。
◆
「父さん、母さん。俺、明日にでも新居に帰ろうと思う」
食事中、昼のうちに考えていたことを告げた。
父さんはにこやかに、母さんも真剣に聞いてくれている。
けど、琴乃と梨蘭が心配そうに俺を見つめた。
「えっ、もう行っちゃうの!? お兄、もうちょっとゆっくりしても……」
「そうよ暁斗。今はご家族と一緒の方が……」
「まあまあ、2人とも。まずは暁斗の理由を聞こうじゃないか」
そんな2人を父さんがたしなめる。
ありがとう、父さん。
「確かにこの家にいたら、何不自由なくやって行けると思う。でもそれじゃあ、何も変化のない毎日を過ごすだけだ」
「ふむ……つまり梨蘭さんと刺激的な日々を送れば、記憶が戻るかもしれない……そう言いたいのかな?」
「刺激的て……理解が歪曲されてるけど、まあ要約すれば」
ここ数日、家でぐーたらしていて、このままじゃいけないということがわかった。
「俺は記憶を戻したい。濃緋色の糸で繋がっている梨蘭と一緒にいたら、何かのきっかけで記憶が戻るんじゃないかと思うんだ」
濃緋色の糸。
世界で数例しか確認されていない、奇跡中の奇跡の色。
せっかくそんな糸で繋がってるんだ。これを活用しない手はないだろう。
俺の気持ちが通じたのか、父さんと母さんは頷いた。
「いいんじゃないかな。確かに家にいるよりは、よっぽど可能性はあると思うよ」
「私もいいわよ。でも手助けが必要なら、いつでも言いなさいね」
「……ありがとう」
2人の温かい言葉に頭を下げる。
と、琴乃もやれやれと首を振った。
「お兄、こういうことは頑なだからなぁ……あんまり無茶しないでよ?」
「ああ、わかってる」
琴乃の頭を強めに撫でると、むず痒そうに笑った。
「ということだ。梨蘭、明日からまたよろしくな」
「全く……わかったわ。大舟に乗ったつもりでいなさい」
胸を張って自信満々に答える梨蘭。
根拠はないけど、梨蘭と一緒なら大丈夫。
そんな予感と共に、夜が更けていった。
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