第7話

「ま、まあわかったわ。アンタとのことは誰にも言わない。アンタも、私とのことは誰にも言わない。いいわね?」

「ああ、問題ない」



 先にも言ったが、こいつのことをあの龍也と寧夏バカ2人に知られたら偉いことになりかねない。

 言わないで済むなら、それに越したことはないしな。



「話は終わりか? じゃ、俺は……」

「ま、待ちなさい」



 階段を降りようとすると、久遠寺が慌てたように呼び止めた。



「な、何だ?」

「あ、いや、その……ほ、ほら。私達って何だかんだ言っても……運命の人、でしょ……?」



 久遠寺は手を後ろで組み、恥ずかしそうに確認してきた。

 そんな顔されると、俺まで恥ずかしいんだけど……。



「ま、まあ……『運命の赤い糸』で繋がってるわけだし……な?」

「そう……しかも世界でも数例しか確認されていない、濃緋色の赤い糸。肉体的相性が、桃色の数十倍もいいとされてる……だ、だからねっ、その、あの……た、試してみない……?」



 ……んん? 何が言いたいんだ、こいつは?



「た、試し、て……に、肉体的相性をか!? ここで!?」

「ばっ!? 馬鹿違うわよ!」



 だ、だよな……びっくりした。こいつ実は淫乱なのかと思ったじゃないか……。



「まだまだ研究が進んでなくて、ネットで調べても触れたらどうなるかとか書いてなかったから……た、試しよ、試し」

「あぁ、なるほど。桃色の数十倍相性がいいのを、試してみたいってことか」

「そ、そういうこと」



 相変わらず律儀だな。

 でもまあ確かに、俺もこの状態で触れたらどうなるかって気になってたところだ。

 俺から提案したらセクハラになりそうだったし……チャンスってこと、だよな。



「あ、アンタは立ってなさい。私が触るから……い、痛かったら、言ってね」

「言い方エロいな」

「ううううっさい……!」



 緊張した面持ちで仁王立ちする久遠寺。

 口は真一文字に結ばれ、顔を真っ赤にして照れているみたいだ。

 ……こうして見ると、まつ毛長ぇな……瞳も本当に綺麗で、吸い込まれそうだ……。



「ぅ……そ、そんなに見んじゃないわよ、ばか……」

「す、すまん」



 くそっ、調子が狂う。

 こんなに淑やかなのはこいつに似合わないし、そんなこいつに緊張する俺も似合わない。

 でも、誰もいない2人っきりの空間に嬉しくなり、心臓は高鳴っている。

 恐るべし、『運命の赤い糸』。



「じゃ、じゃあ手に触るから、手の平をこっちに向けて」

「おう……」



 言われた通り右手を挙げる。

 久遠寺も、左手をこっちに向けて伸ばした。

 ……手が、震えてるな。久遠寺も相当緊張してるみたいだ。



「大丈夫か?」

「だ、大丈夫よっ」



 とてもそうは思えないが。

 久遠寺は深呼吸を何度か繰り返し……覚悟を決めた顔で、ゆっくりと伸ばした。

 あと10センチ。あと5センチ……4、3、2、1……。




 ピトッ。




「「ッ!?!?」」



 バッ──!


 つい、思わず、反射的に……久遠寺から逃げるように飛び退いた。

 久遠寺も、俺と同じように俺から距離を取っている。


 例えるなら、頭の先から足先まで電撃が走ったような感じ。


 小学生の時に感じた初恋。

 初めての精通。

 生まれて初めて見たアダルトビデオ。

 偶然見てしまったお隣のお姉さんの生着替え。


 をも超える、圧倒的多幸感と衝撃が貫いた。


 まだ……心臓がバクバク言ってる。

 うまく鼓動をコントロールできない。キックボクシングをやってるときでさえ、こんなに鼓動が早まることはないのに。


 久遠寺も反対側の壁に背をつけ、力が抜けたように座り込む。


 多分、似たような感覚に陥ったんだろう。

 もしあのとき、反射的に離れなかったら……多分俺は、間違いなく久遠寺を……。



「ッ! わ、悪いっ、俺行くわ……!」

「う……うん……」



 これ以上久遠寺と一緒にいるとまずい。

 いや、まずくはない。赤い糸で結ばれてるし、本当ならずっと触れ合っていてもいい関係だ。


 でも……手の平で久遠寺の皮膚を、熱を……存在を感じただけで、こんなに嬉しく、心臓が高鳴っている。



「……久遠寺……梨蘭……」



 ドクンッ──!


 はは、名前を呼んだだけで心臓が跳ね上がる。

 これ、マジで恋人になってずっと一緒にいたら……どうなっちまうんだ……。



「……いつか、名前で呼ばれてーな……」



 そんな妄想を膨らませながら、俺は顔を洗うために水道へと向かった。



   ◆梨蘭◆



 …………。


 やばい……やばいやばいやばいっ、やばい!

 触っちゃった! 触っちゃった!!


 思ったよりゴツゴツしてた。

 思ったより大きかった。

 思ったより優しそうだった……。



「はぅ……」



 糸が現れる前、アイツが寝てる間にほんの少しだけ触れたことがある。

 それでも十分な幸せを感じることが出来たけど……今は違う。幸せどころの話ではない。


 幸せの、絶頂。


 幸せすぎて腰を抜かすなんて、初めての経験だ。


 自分の体を抱き締め、手の平の感覚を思い出す。

 それだけで体が熱く、火照ったような感覚になる。


 これが『運命の赤い糸』……濃緋色の糸の効果……。



「はぁ……真田、暁斗……」



 ドクンッ。



「……暁斗……暁斗、暁斗……」



 名前を呼ぶ。それだけで私の心臓は跳ね上がり、空に飛び上がりそうなほどテンションが上がる。



「……いつか、名前で呼んで欲しいな……」



 そんな淡い期待を抱きつつ、頬の火照りが冷めるまで座り込んでいた。

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