第111話

   ◆



 リビングのソファーでくつろぐことしばし。

 廊下の方から、バタバタと音が聞こえてきた。多分、梨蘭が出てきたんだろう。


 そのまま待っていると、リビングの扉がノックされて開いた。



「お、お借りしました……」

「おー。……なんで顔だけ覗かせてんの?」



 しかも半端に半分だけ。

 梨蘭は恥ずかしそうに目を伏せ、ゆっくり入ってくる。



「あの、その……」

「ん? どうし……ぶっ!?」



 入って来たのは、間違いなく梨蘭だ。

 が、その格好は……。


 長すぎて捲られたズボンの裾。

 デカすぎて胸元がガッツリ開いたTシャツ。

 だぼだぼで萌え袖になったパーカーは、チャックが胸の下で止まってる。



「お、おまっ、しっかりチャック閉めろ!」

「う、上まで閉めると苦しいのよ!」



 デカすぎだろ!? 本当に高校生デスカ!?


 リビングに入って来た梨蘭が、俺の隣に座った。

 風呂上がりと緊張からか、頬が紅潮している。

 それに、風呂上がり特有の香りと梨蘭から香る柑橘系の匂いが混じり合い、漂ってきた。


 こ、これ、は……まずい。非常に、まずい。


 まずいって……わかるだろ?

 好きな女が、風呂上がりで隣にいるんだぞ。

 しかも俺の服を着てるんだけど。

 さあ、想像してごらん。


 メンズサイズの服を着て、しかも胸がデカすぎてチャックが上がりきらない、超が10個くらいつく極上のハーフ美少女の彼女が、隣にいる。


 な? やばいだろ? 俺、今そんな状況。


 ……俺は誰に何を言ってるんだ。



「えっと……じゅ、ジュース、飲むよな。風呂入って喉渇いてるだろうし」

「お、お願いしますっ」



 梨蘭から逃げるようにキッチンに移動し、冷蔵庫からジュースを取り出す。


 落ち着け、落ち着け俺。

 明日まで家に誰もいないとは言え、いくらなんでもそれは時期尚早だろ。

 いやまあ、ひと夏で大人の階段を昇るとか昇らないとか、人によってはそういうのはあると思うけど。


 だけど、俺達の関係は普通じゃない。


 俺と梨蘭を繋ぐのは、濃緋色の糸。

 肉体的相性抜群と言われる桃色の糸の、更に数十倍いいとされている。


 そんな俺達が一線を越えてみろ。

 ……間違いなく、1年後にはおぎゃあが生まれる。


 ダメダメダメ! せめてっ、せめて高校卒業するまではダメ!

 高校生で一児のママとか世間体も悪いし、梨蘭の両親にも顔向けできない!


 あ、お父さんはむしろウェルカムだったっけ……ってそうじゃない!

 全ては梨蘭のため! 梨蘭のために、俺は手を出さない!



「暁斗ー? 喉渇いたー」

「お、おう。今行く」

「あとチョコレート食べたい」

「図々しいな」



 まあいいけど。

 おぼんにコップ2つとコーラ。それにチョコレートと、一応ジャガイモチップスを乗せて持っていった。



「ほい、お待ちどう」

「ありがと。……って、これは!?」



 え、なんだ?



「コーラ、チョコレート、ジャガイモチップス……!? 無限に手が止まらない、悪魔の組み合わせ……! あ、アンタ、私を太らせる気……!?」

「いらないなら片付けるけど」

「誰もいらないとは言ってないでしょ!」



 言ってるのと同じだよな、それ。


 腕を組み、ぐぬぬぬと唸る。

 お菓子にこれだけ本気になるなんて……意外と子供なんだな、梨蘭は。


 そのまま悩むこと数分。



「………………………………も、貰うわ……!」

「葛藤したなぁ」

「だって美味しいんだもん! 甘いとしょっぱいを繰り返し、コーラの炭酸で喉を弾けさせる……悪魔的美味しさなんだもん!」



 想像を絶するお子様理論!

 でもそのおかげで、俺の邪な感情も収まった。……隣にいるから、まだ油断はできないけど。


 相当喉が渇いていたみたいで、コーラに口をつけると一気に飲み干していく。



「ごくっ、ごくっ、ごくっ……ぬっはぁー! コーラさいこー!」

「いい飲みっぷりだな」

「お風呂上がりのコーラほど美味いもんはないと言っても過言じゃないわね!」



 それは過言だと思う。


 美味そうにコーラを飲み、チョコとジャガイモチップスを交互に食べていく。

 俺が言うことなんだけど……太るぞ、その食い方。



「甘いしょっぱい甘いしょっぱい甘い甘いしょっぱい甘いしょっぱいしょっぱい……ふはぁーっ。たまには気を抜いて怠惰に過ごすのもいいわねぇ」

「お、梨蘭も怠惰の良さがわかったか。これを機に、一緒に堕落しようぜ」

「そんな悪魔の甘言には乗らないわよ。ゆっくりするのは今日だけ」



 律儀ちゃんめ。梨蘭らしいと言えば、梨蘭らしいけど。

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