第112話

 さっきまでの気まずさはどこへやら。

 俺と梨蘭は他愛のないことを話しながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。



「はぁー。いい時間ねぇ……」

「ああ。こんなに充実した怠惰な時間、久々だ」

「充実した怠惰って、なんか矛盾してない?」

「矛盾すら正当化してしまうのが怠惰の凄いところ」

「別に正当化してないけどね」



 ええい、細かい奴だな。


 と、お菓子が全部なくなったところで、リビングが薄暗くなってるのに気付いた。


 もう18時回ってるのか。そりゃ、薄暗いわけだ。



「そろそろ暗くなるし、行くか。送ってくぞ」

「え? ……今日、しないの?」

「……何を?」



 する? え、何を?

 まさか……いやいや、そんなまさか。

 だって梨蘭だぞ。あの律儀オブ律儀。真面目の代名詞みたいな梨蘭が、俺と同じ考えを持つはずがないだろ。


 だとしたら……何をするんだ?


 首を傾げる俺。

 そんな俺を見て、梨蘭は顔を真っ赤にした。



「え、嘘……じゃ、じゃあ暁斗は、本当に善意でシャワーを貸してくれただけ……? え、私の早とちり? 私が先走って、色々考えちゃっただけ……? な、何それ。え、ナニソレ……!? そんな、え、嘘……!」

「おーい、りらーん?」



 呼び掛けてもずっと何か言っている。

 ……まさか。え、本当にまさか……?



「梨蘭、もしかして……期待して──」

「はあああぁぁぁぁ? そんな訳ないからぁ! そんな訳ないからぁ!! 私の方が期待してるとかっ、そんな、そんなっ……ある訳ないからぁ!!!!」

「あ、おい!」



 ドタドタドタ! バタンッ!


 ……行っちまった。俺の服着たまま。

 まだあいつのワンピースとかも洗濯機の中だし……え、どうしよう。



   ◆梨蘭◆



「私のバカあああああああぁぁぁ!!」



 うわあぁーーーーん!

 また、またっ、暁斗にキツく当たっちゃったぁ!



「おーよしよし。リラ、まーたアキト君と喧嘩しちゃったんだねぃ」



 私の部屋で、迦楼羅お姉ちゃんが頭を撫でてくれる。

 この撫で方、本当に気持ちいい。落ち着く。



「けんか、というか……」

「喧嘩じゃないの?」

「私が汗かいて風邪ひきそうで……暁斗が優しさと善意でシャワーを貸してくれたのに、それを私……」

「エッチするって合図だと勘違いしちゃった?」

「ぁぅ……」



 その通りでございます。

 お姉ちゃんには隠し事できない……。



「ウブいなぁ我が妹は」

「うぅ、だってぇ……」

「逆に聞くけど、アキト君がそんな裏表あるような子に見える?」



 ……見えない。見えなすぎる。

 良くも悪くも、暁斗は素直だ。多少ひねくれてるけど、こんなことで変な言い回しはしない。


 わかってたはずなのに……うぐぅ。



「それで、リラはどーしたいん?」

「……謝りたい。けど……」

「自分の方が期待してたって事実を伝えるのが恥ずかしいのかにゃ?」



 どうしてお姉ちゃんは、いつも私の心を言い当てるのだろうか。

 姉妹だから? それにしても怖い。



「お姉ちゃん、どうしたらいいかな……?」

「とりあえず会ってみれば?」

「顔合わせるのも恥ずかしいの」

「服返さなきゃいけないのに?」

「え? ……あ」



 そう言えば、暁斗の服着たままだった。

 確かに、このまま返さない訳にもいかない。


 …………。



「暁斗に包まれてる……」



 パシャリ。



「トロ顔リラの生写真ゲットー」

「カルお姉ちゃん!?」

「ほほほほほ。消して欲しければちゃっちゃと仲直りするんだよ〜」



 あっ、ちょ、逃げんな!


 部屋から飛び出して行った迦楼羅お姉ちゃん。隣の部屋がバタバタうるさいから、多分部屋に篭ったんだと思う。


 うぅ。お姉ちゃんめ。いや、今のは油断した私が悪いけど。



「はぁ……とにかく、謝らなきゃ」



 暁斗、怒ってないかな。

 あんなにキツく当たっちゃったの、本当に久しぶりだなぁ。


 付き合い始めてからは、暁斗ラブが止められない。

 ところ構わずイチャつきたくなる。


 でも……何故かわからないけど、こんな状況も久しぶりで楽しんでる私がいる。


 本当は、直ぐにでも連絡して謝らなきゃならないのに……付き合う前に戻ったみたいで、ちょっと心が踊っている。


 私、変な子なのかしら……?


 そう思っていると。

 不意にスマホが鳴動した。



「ぁ。暁斗」



 暁斗:梨蘭の服、返したいんだけど……近々会えないかな?



 暁斗……あんな態度取っちゃったのに、優しい。好き。

 でも、うーん……。



 梨蘭:しばらく預かっておいて。

 暁斗:は?

 梨蘭:私の方から取りに行くから、今は少しそっとしておいて。

 暁斗:……わかった。



 ごめんね、暁斗。面倒くさい彼女で。

 私も、今すぐ暁斗に会いに行きたい。


 けど……今はまだ少しだけ、この懐かしさの中にいたい。

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