第110話

「たでーまー」

「お、お邪魔します」



 時間は既に16時。

 そろそろ日が傾きだしてきた頃、俺らは家に戻って来た。


 ってあれ、琴乃の靴がないな。



「琴乃、いるかー?」



 ……返事がない。ただのもぬけの殻のようだ。

 リビングにもいない。2階の琴乃の部屋にも行ったが、どこにもいなかった。



「んん?」

「ねえ暁斗。琴乃ちゃんからメッセージ来てないの?」

「あ、そうか」



 スマホを取り出してアプリを起動させる。

 すると。



 琴乃:やっほーお兄! お父さん、今日からいきなり出張になっちゃったらしくて、帰ってこないんだって!

 琴乃:お母さんもそれについて行くみたいで、今日は家に私とお兄の2人だけです!

 琴乃:気が利く琴乃ちゃんは乃亜の家でお泊り勉強会をするので、梨蘭ちゃん連れ込んでも問題ないよん!

 琴乃:じゃ、面倒なお小言は聞きたくないから電源切るね!



 なんつーバッドタイミング。

 いや、グッドタイミング? とにかく間が悪い。

 マジで梨蘭を家に連れて来ちゃったじゃん。琴乃が家にいると思ったから、連れてきたのに。



「暁斗、琴乃ちゃんなんだって?」

「あ、ああ。今日は乃亜の家で勉強お泊り会するらしい。両親も出張でいなくて」

「え? と、と、とととととと言うことは……?」



 状況を理解したのか、梨蘭は一気に顔を赤くした。

 そう。この状況。密室で、運命の人と、2人きりだ。


 それを自覚した瞬間、血の気が一気に引くと同時に、全身が沸騰したかのような感覚に陥った。俺の体、器用だな。


 何もするつもりはないとは言え、色々と、その……想像してしまう。



「あ、あー……とにかく今は、リビングで休もう。ジュースもお菓子もあるし」

「は、は、はひっ……!」



 この状況に相当緊張しているのか、まるで錆びついたロボットのようにがちがちだ。


 リビングに移動し、スナック菓子と冷蔵庫の中のジュースを取り出した。



「どうぞ」

「い、いただきますっ」



 対面に座って一休み。

 まあ状況が状況で、気持ち的には休まってないけど。


 なんとなく、沈黙が続く。

 沈黙に耐え切れなくなり、テレビを点けて動画配信サービスから適当に映画を流す。


 が、適当に流したのがいけなかった。



『~~♡ ~~~~♡♡』

『……♡♡』

「「ッッッ!?!?」」



 初っ端から濡れ場じゃねーかぁ!!

 今日の映画と言い、この映画と言い、なんか今日おかしくないか!? なんでこんな……ええ!?(語彙力)


 急いでテレビを消す。

 が、今度はその気まずさで妙な空気が流れた。



「えっと……ご、ごめんな梨蘭。変なの見せて」

「う、ううん。今日の映画だって、私が見たいって言って見ちゃったんだもの。お相子よ」

「そう言ってくれると助かる」



 とは言いつつも、さっきからそわそわ、そわそわ。落ち着かない。

 ジュースを飲んで気を紛らわせようとすると。



「くちゅんっ」



 ……ん? 梨蘭?



「くちゅんっ、くちゅんっ。な、なんか寒くなってきたわ……」

「えっ、大丈夫か?」



 そう言えば、この部屋かなり寒い。琴乃のやつ、エアコンを消さないで出掛けやがったな。


 今の設定気温は……げっ、20度!? そりゃ寒いわ!



「わ、悪い。今エアコン消すから」

「うん……くちゅんっ」



 さっきまで外を歩いてて、しかも犬と戯れて汗だくだったんだ。

 その上でこの気温の変化……これ本格的にやばい。このままじゃ、梨蘭が風邪ひく!



「梨蘭、うちの風呂でよかったら、温まってくれ。服は洗濯機で洗って、乾燥させておくから」

「え……そ、それって……!?」



 ん? 梨蘭のやつ、何をそんなに赤くなって……はっ!? ま、まさか、もう熱が……!?



「と、とにかく今は風呂! 服は申し訳ないけど、俺の貸してやるから! ほら、急いで!」



 このままだと、また風邪引いちまう!



「そ、そんなに慌てて……暁斗も、我慢できなかったのね……」

「? なんのことかわからんけど、今は一刻を争う。風呂はもう張ってあるから、ついて来てくれ」

「あぁ、パパ、ママ。私多分、朝帰りになります……!」



 何言ってんだこいつは。


 梨蘭を風呂場に案内し、色々説明した後に自分の部屋に戻った。


 彼シャツとかちょっと憧れるが、現実的に考えてあんな薄手のものを着させられない。

 だって普通に透けるでしょ。スケベでしょ、あんなの。なので俺の精神衛生上却下。


 適当にスウェットとシャツとパーカーを用意して、風呂場に戻る。



「梨蘭、服持ってきたから、置いとくぞー」

「あ、あり、がとっ……!」



 その直後、シャワー音が聞こえてきた。

 安心して中に入り、服を籠の中に入れておく。


 さて……問題は梨蘭の服だ。



「梨蘭、服を洗濯したいんだけど、触ってもいいか?」

「え、ええ。……匂い嗅いだら怒るわよ」

「嗅ぐか」

「えっ、嗅がないの?」

「なんで残念そうなんだよ……」

「おかしいわね。こういう時、男の人って匂いを嗅ぐものってお姉ちゃんが言ってたのに」

「あの人、絶対梨蘭のことからかってるだけだぞ」



 少なくとも、俺はそんな真似しない。

 ……しないよ?


 ワンピースを洗濯ネットに入れ、ドラム缶洗濯機に突っ込む。

 と……ぱさ。ん? 何か布が……って、これ……!?



「あ! アンタ、下着は絶対見るんじゃないわよ!? 見たらキレるから!」

「お、おおおおおうっ! 絶対見ない!」



 ごめん、見ちゃいました。


 純白のショーツに、同じく純白のブラ。

 でかい。なんというか……え、でかくね? 梨蘭、こんなブラ付けてんの? 小玉のスイカ入れか何かですか?


 ……見なかったことにしておこう。そうしよう。


 下着をそっと戻しておき、洗濯機のスイッチを入れて脱衣所を後にした。

 なんと言うか……思春期には刺激が強すぎます。

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