第156話

   ◆



「それにしても、早かったな。予定では土曜日のはずだろ?」

「土曜日に引っ越しができるよう、父が張り切ったみたいでして。お2人が住むエリアから、駅を挟んだ向こう側に新居がありますよ」



 向こう側……ああ、高級住宅街のエリアか。

 諏訪部さんの家や璃音の実家が、向こう側にあったな。そんなところに家を用意してくれるって……本当、申し訳なくなってくる。


 諏訪部さんの後に続き、駅の中を通り抜けて反対側に出た。

 駅の近くはスーパーやコンビニが並んでいるが、それも数分も歩くと住宅街に変わる。


 駅側には高層マンションが建ち、それが見下ろすように庭付きの一軒家が建ち並んでいた。



「い、委員長。本当にこんな所に住まわせてもらっちゃっていいの……?」

「勿論ですとも! きっと気に入ると思いますよ!」



 いや、気に入る、気に入らないの問題じゃなくてな。

 俺や梨蘭の庶民感覚からすると、人助けをしただけでこんな高級住宅街に住まわせてもらえるだなんて、引け目を感じるというか、むしろ遠慮がちになってしまうというか。


 梨蘭も俺も、さっきからずっとソワソワが収まらないのよ、マジで。


 あっちをキョロキョロ。こっちをキョロキョロ。

 とにかく広い。でかい。大きい。

 前衛的なデザインの家もあれば、中世ヨーロッパ風のものなど、多種多様だ。


 そんな家々を横目に、諏訪部さんについて行くことしばし。



「お待たせしました。こちらです!」



 一軒の家の前で立ち止まった。


 広々とした庭に、バルコニーまで付いている。他の家と比べても高級感漂うモダン調の家だ。

 シンプルな外見で色も白とグレーを基調にし、ところどころにレンガを積み重ねた塀もある。

 周囲はぐるりと柵で囲われ、近隣とも密接していない。どれだけ騒いでも、近所迷惑にはならなそうだ。

 これなら、夏には大人数を呼んで庭先でバーベキューもできるな。大型犬も余裕で飼えそうだ。


 それにしても……。



「「でっか……」」



 梨蘭の家もでかいとは思っていたが、それ以上にでかい。そして広い。

 メインとなる空間は2階建てだけど、少しだけ3階もあるみたいだ。屋根裏とかロフトに近い場所らしい。


 こんな家を2日で用意してくれるって……とんでもないな、諏訪部家。


 諏訪部家の財力に唖然としていると、梨蘭が首を傾げた。



「待って委員長。普通一軒家って、注文が来てから建てるじゃない? でもこれ、どう見ても新築みたいなんだけど」

「ここ、諏訪部家のモデルハウスだったらしいんですよ。数年前に建てた家で、物件を探している最中に思い出したらしくて……この2日で隅々まで清掃を施したので、新築同様の綺麗さですよ。点検も全て終わらせているので、問題ありません」



 な、なるほど……この規模のモデルハウスを作るって、やっぱり諏訪部家はとんでもないな。



「それでは、私はここで失礼します。ここから先はお2人で行ってください。こちらの家の鍵は生体認証となっていますので、鍵は持ち歩かなくて大丈夫ですよ」

「へえ。便利ね、暁斗」

「そうだな。その生体情報をどこから仕入れたのかわかれば安心なんだがな」

「あ」



 2人で諏訪部さんを見る。

 おいコラ、顔背けてるんじゃない。こっち見ろ。



「そ、それでは失礼しますっ。土曜日には引っ越し業者を手配するので、ご準備してくださいね! それじゃ!」



 あ、逃げやがった。


 後に取り残された俺と梨蘭。どちらともなく顔を見合わせた。



「あー……入ってみるか?」

「そ、そうね。せっかくここまで来たんだし」



 柵を開けるにも生体認証が必要らしく、親指で指定の場所にタッチすると、モーター音が鳴り柵の鍵が開いた音が鳴った。

 何これすごい便利。鍵が必要ないってすごいな。


 柵の中に入って門を閉めると、自動で鍵がかかった。



「今の家ってこうなってるんだな」

「暁斗、この家を一般の家と混同しちゃダメよ」

「それもそうか」



 諏訪部家のことだから、金に糸目を付けず最先端のテクノロジーとか詰め込んでそうだもんな。


 門から玄関までは一直線。その左手に、どれだけ運動しても問題なさそうな広い庭とバルコニーがある。

 右側にも庭が広がっていて、一本の巨大な樹木が立っていた。


 ここだけ、外界と隔離された非日常的な雰囲気が醸し出されている。

 な、なんだか緊張してきたな……。



「暁斗、早く行きましょう! 中がどうなってるのか、見てみたいわ!」

「そうだな……行こう」



 玄関前に移動し、生体認証で玄関の鍵を開ける。


 そうして、ワクワクしている梨蘭と共に家の中に入っていった。

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