第53話
◆
6月も中旬に入り、衣替えの移行期間も過ぎた。
うちの高校は6月から衣替えに入るが、移行期間として1週間の猶予がある。
今年の6月はまだ薄ら寒く、殆どの生徒は移行期間中も冬服を着て登校していたが、それも終わり。
イチョウ大通りを歩く見渡す限りの全
男子は薄い生地の、黒のスラックス。
上は白のワイシャツだが、長袖でも半袖でもどっちでもいいことになっている。
女子も同じ色の薄手のスカートに、白のワイシャツだ。こっちも長袖と半袖どっちでもいいが、割合的には半袖の方が多い気がする。
かくいう俺も夏服だ。
俺は基本的に、長袖のワイシャツしか着ない。
それでも3回折って、肘下くらいまでは短くしてるけど。
スラックスの生地は薄くなり、上着のブレザーを着ていないと言っても、梅雨の湿気は鬱陶しい。
とにかく、額に張り付く前髪がうざったい。
汗とは違う鬱陶しさがある。帰りたい。帰ってシャワー浴びたい。できれば温泉行きたい。
……温泉か、いいな。梅雨が明けたら温泉にでも行くか。
温泉の気持ちよさを想起する。が、それでも梅雨の湿気には勝てない。
今すぐ回れ右をしたい衝動を押さえ込み、無事に学校に到着。
地味に濡れている靴下を脱ぎ、鞄に突っ込んであった替えの靴下を履く。
先にも言ったが、俺は梅雨が嫌いだ。
湿気で服や髪の毛は肌に張り付くし、雨で靴下は濡れて気持ち悪い。
だからこうした予備やタオルは必需品として持っている。
下駄箱前で脱いだ靴下をビニールにしまってると、不意に背中から声を掛けられた。
「よっす暁斗。ちすちすー」
「龍也か。おはよう」
龍也は濡れた靴下でもお構いなしに靴を履き替える。
正直、理解できん。
「今日から衣替えだな。相変わらず、暁斗は筋肉質だなぁ」
「べたべた触んな。気持ち悪い」
「そこまで言うことなくね!?」
男に触られる趣味はないんで。
龍也の手を払い除け、改めてこいつの体を見る。
龍也は俺と違い、半袖のワイシャツだ。
陽キャなオタクとして筋肉もそれなりに付いてるが、如何せん肌が白い。寧夏や竜宮院程ではないが、外で活発に遊んでる感じではない。
夏服のスラックスも脛まで捲っていて、ワイシャツのボタンも第二ボタンまで開いている。
先生が見たら、真っ先に注意するレベルの気崩しっぷりだ。
そんな俺の視線に気付いたのか、まるで乙女が体を隠すように体を捻った。
「やんっ。そんなに見、な、い、で♡」
「……」
「……なんか言えよ!? これじゃあ俺、ただの痛いヤツじゃん!」
「よかったな。いつもと印象は変わらないぞ」
「それは暗に、俺の評価は痛いヤツっていいたいの!?」
何を今更。
教室に向かう俺の後に続く龍也は、ぶつぶつと不満を口にしていた。
「やっぱり少し寡黙な方がクールに見えるか……? いやでもアゲアゲな俺じゃない俺って、もはや俺じゃないというか……俺って言う俺が俺じゃないのは、俺の全てが拒否されてると言うわけで、俺という概念が──」
「うるせぇ」
「今日の暁斗君、僕ちんに辛辣すぎない?」
本当のことだから。
やれやれ、こいつはいつも──。
『やっぱり少し寡黙な方がクールに見えるか……?』
……ん? ……寡黙な方が?
こんな言葉、龍也は言わないだろう。
いつもの龍也なら、問答無用でテンションアゲアゲ一直線のはずだ。自分の存在意義を否定するような言葉は絶対使わない。
「おい暁斗。お前失礼なこと考えてない?」
「気のせいだ」
でも……何だ? 何かおかしくないか?
さっきの言葉に疑問を覚え、振り返ると。
龍也がキョトンとした顔をしていた。
「ん? どうした?」
「……龍也、何かあったか?」
ふとした疑問。特に意味はなく、世間話の延長だったが。
俺の疑問が的中したのか。
龍也の顔に陰りが差した。
「……暁斗って、変なところで鋭いよな」
「変なところは余計だ。……言いたくなかったら、言わなくていい。でもいつでも相談には乗るからな」
「……へへっ。サンキュー」
「肩組むな。でかい、うざい、暑苦しい」
「あれ? やっぱり辛辣?」
若干落ち込んでいる龍也を伴って教室に向かう。
梅雨の湿気のせいか、廊下はまるで水を撒いたかのように濡れていた。
上履きのゴムと廊下の素材のせいで、不快な音が響く。
さすがの龍也も気が重いのか、いつものアゲアゲなテンションはなりを潜めていた。
今の気持ちを表すと、これだ。
「鬱」
「気持ちはわかるが、『鬱』って漢字の密度がもはやジメジメしてる感あるな」
「是」
「おい暁斗。文章で会話してくれ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます