第69話

 無言で食べ進めていき、昼飯を半分くらい食べた時。

 俺をチラチラと見ていた梨蘭が、「あの……」と口を開いた。



「暁斗、土曜日のことなんだけど……」

「ん? ああ、食事に呼ばれてるってやつか」

「うん。……あの、その……ご、ごめ……」

「謝らなくていいぞ」



 むしろ謝られたら、俺の方が立つ瀬がない。

 水で口内を潤し、しょんもりする梨蘭に目を向ける。



「遅かれ早かれ、挨拶に行くことにはなってた。それがたまたま、土曜日だっただけの話だ」



 そう、遅かれ早かれなのだ。

 俺は梨蘭と生涯を共にすると誓い、梨蘭もそれに応えてくれた。


 なら、両親への挨拶と言うのは避けては通れない道だ。

 まあ挨拶と言うより、一緒に食事をするっていうていで呼んだらしいけど。


 どう考えても、「挨拶に来いや小僧。おん?」って感じだよなぁ。

 梨蘭の手前強がってはいるが、ぶっちゃけマジで緊張してる。今から吐きそう。れろれろれろ。


 はぁ……挨拶とか、どうすりゃいいんだ。



「とりあえず、手土産は持ってった方がいいよな。ご両親の好きな物とかわかるか?」

「そうね……イチゴとか」

「イチゴ?」

「特にあまーいイチゴが好きね。ねえ、知ってる? 甘雫姫かんなひめって品種のイチゴが、とーーーーっても甘いのよ。更に練乳を付けるともう最高なの。これを食べながら牛乳とかこの世の天国かってくらいで! …………あ」



 饒舌になったのに気付いたのか、顔をイチゴのように真っ赤にした。



「梨蘭もイチゴ、好きなんだな」

「す、すっ、好きじゃないわよっ。普通っ、ふつー!」

「いやそれは無理があるだろ」



 でも、イチゴかぁ。流石に初めてお邪魔するのに、イチゴはちょっと違う気がする。



「他にはないか? 洋菓子系とか、和菓子系とか」



 イチゴが好きなんだったら、十中八九洋菓子系が好きなんだろうけど。

 梨蘭は「そうね……」と思考を巡らせ。



「……あ、生クリームたっぷりイチゴ大福とか」

「斜め上の答え!」



 まさかの和洋合作だった。しかも生クリームまで添えられてやがる。

 本当にイチゴが好きなんだな、久遠寺家。



「わ、わかった。探してみる」

「……それなら、土曜日にうちに来る前に一緒に買いに行きましょうか」

「え、いいのか?」

「ええ。うちで懇意にしてる和菓子屋さんがあるから」

「……なら、頼もうかな」

「ん。任せなさい」



 むんっ、と胸を張る梨蘭。

 そんなに張ると、今にもボタンが弾けそうなんだけど。

 てかほんとデカいな。



「? どこ見て……ぁ。〜〜〜〜ッ!!」



 あ、やべ。見てるのバレた。


 両腕で胸を隠し、緋色の目を潤ませて睨んで来た。

 だってしょうがないじゃん。俺、男の子だよ。男の子は夢と希望が詰まったものに憧れるんです。特に梨蘭の夢と希望は超高校生級。だから目が行くのは仕方ないんです。Q.E.D.証明終了。



「……えっち。すけべ。へんたい。女たらし」

「誰が女たらしだ」

「ひより。それに安楽寺さん」



 そう言えばそうでした。



「……すまん」

「べ、別に責めてないわよ。赤い糸があるからって、好きになる時は好きになるんだし」



 梨蘭は、すすすーと俺の傍に寄ると。

 おっかなびっくりに俺の手に自分の手を重ねた。

 熱い。この熱さで、溶け合ってしまうみたいだ。


 俺も、緊張しながらその手を包み込むように握る。

 ぴくっ、と反応する梨蘭の手。だけど、応えるように握り返して来た。


 俗に言う恋人つなぎ。

 暖かく、より相手を感じられるつなぎ方だ。


 壁に背をつけ、寄り添い、ぼーっと虚空を見つめる。

 でも……心臓はうるさいほど高鳴ってる。

 多分、梨蘭も。


 見ると、梨蘭の顔はあの時のように赤くなっていた。

 俺も同じ顔をしてるんだろうなぁ……。



「……まさか、暁斗と赤い糸でつながるなんて思わなかったわ」

「ああ、俺もだ。何せずっと天敵だと思ってた訳だし。この世で一番相性悪いと思ってた奴とつながるなんて、夢にも思わなかったぞ」

「……天敵?」

「いつも喧嘩腰だし、何かあったら直ぐ噛み付いてくるし、喧嘩腰だし、睨んで来るし、喧嘩腰だし。俺史上最悪の天敵だと思ってた」

「私、そんな喧嘩腰だった!?」



 むしろ今まで喧嘩腰の梨蘭しか見てこなかったけど。

 それが好意の裏返しだとは誰も思わないだろう、普通は。



「ま、まあ確かに、今までの私の態度からしたら、天敵って言われても仕方ないけど……これからは素直になる努力をするわ……!」

「前に比べたら、今でも十分素直だろ」

「ダメよ。ひよりや安楽寺さんみたいになりたいわ」



 あの2人は素直すぎる所があるが。

 ……ま、目指すだけなら自由だもんな。



「あんま無理すんなよ」

「……ん。ありがと……」



 と、俺の肩に頭を乗せてきた。

 今までのいがみ合っていたのが嘘のような時間。


 昼休みのチャイムが鳴るまで、こうして非日常的な時間を楽しんだのだった。

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