第68話

   ◆



「なあアッキー。逆に聞くけど、アッキー達って何もないの?」

「は? どうしたいきなり」



 授業と授業の合間の休憩時間に、寧夏がいきなりそんなことを言い出した。

 俺達。つまり、俺と梨蘭のことだろう。

 何かあったって……あの公園のことがばれてるって感じではないし、何が聞きたいんだ?


 首を傾げてると、龍也も便乗するように聞いて来た。



「そうだぜ暁斗。俺とネイはいいとして、お前らはあれからどうなったよ」



 ……ああ、そうか。俺達が濃緋色の『運命の赤い糸』で繋がってるのは、あの時暴露したんだった。


 こいつら、俺と梨蘭がどうなったか聞きたいのか。



「……誰にも言うなよ。そして騒ぎ立てるな」

「おけおけ」

「うちらの口の硬さを舐めてもらっちゃこまるZE☆」



 お前らの口の軽さは誰よりも知ってるから心配なんだよ。

 ジト目で2人をねめつけると、そっと目を逸らされた。こいつら騒ぐつもりだったな。ぶん殴るぞ。


 嘆息し、あの後付き合うことになったことをメッセージで送信する。誰が聞いてるかわからないからな。念のためだ。




「! そうかぁ……そうか、遂にかぁ」

「アッキー、おめでとう。今度ダブルデート行こうね」

「お。ネイ、ナイスアイディア」

「むふふ。私だって青春の1つや2つはしてみたいものさ」



 ダブルデート……デート、か。

 意識すると……な、なんだか気恥ずかしくなってきたな。


 横目で、窓際で竜宮院と話している梨蘭を見る。

 梨蘭も俺の視線に気付いたのか、慌てて竜宮院の陰に隠れた。え、あの子本当に久遠寺梨蘭? あのツンケン梨蘭はどこ行ったの?


 と、ピコン。スマホが鳴った。



 梨蘭:こっち見んな、怒るわよ

 梨蘭:(犬が唸ってるスタンプ)



 あ、いつも通りだ。

 でも、今はそのツンケンしたところさえ可愛く見える。

 これが恋愛マジック……恐ろしいな。


 いつも通りの梨蘭にどこか安心感と庇護欲を覚えてると、龍也が「それにしても」と前置きをした。



「お前ら2人を見守ってきて苦節3年。めでたいな」

「あの子、すっごくわかりやすくアッキーのこと好きだったもんね。むしろ何でアッキーが今まで気付かなかったのか、不思議なくらい」

「仕方ねーよ。いつもべたべたしてた安楽寺の好意にさえ気付かなかったんだからよ」

「あー、それもそーか」



 ……ん?



「待て。気付かなかったって……俺が、か? てことは、お前らは気付いてたの?」

「もち。ま、私らと言うより、同じ中学のみんなは気付いてたよ」

「学年通り越して、お前らの夫婦っぷりは話題だったからな。安楽寺も知ってるぞ」



 MAJIKA。


 もしかして気付いてなかったのって、俺だけ?

 梨蘭のあのツンツン発言を額面通りに受け取ってたから、気付けなかった、と。

 だって、仕方なくないか? 自分に向けられた敵意が、実は好意の裏返しだなんて誰も思わないだろ。


 とか言ってるから、人の気持ちに気付けないんだろうな……こりゃ鈍感だって言われても、反論の余地もないわ。

 乃亜の奴も、梨蘭の気持ちを知ってた上で告白して来てくれたのか。何だか、申し訳なくなってきた。


 ……いや、申し訳ないと思うこと自体が、乃亜に失礼だ。割り切ろう。



「あ、念押ししとくけど、このことは誰にも言うなよ」

「どうして。言っても問題なくないか?」

「お前ら、自分達のことを吹聴されて、いい気持ちになるか?」

「俺らは別に構わねーけど。な?」

「うむうむ。むしろ目立ちたい」

「「なー」」

「お前らに共感を求めた俺が馬鹿だった」



 この2人を常人の感性と一緒に考えちゃだめだ。

 改めてそう思った。



   ◆



 そうして時間が過ぎて、昼休みになった。


 龍也と寧夏には断りを入れて、足早に階段の上に向かった。

 既に教室に梨蘭はいなかった。毎回思うが、あいつ運動はできないくせにこういう時は足が速いんだよな。


 階段を昇ると、梨蘭がピンク色のビニールシートを敷いて待っていた。



「あ、やっと来たわね。ほら、座りなさい」

「……何これ?」

「見てわからないの? ……お、お昼ご飯、よ」

「……昼飯?」



 恥ずかしそうにモジモジしていた梨蘭が、後ろ手に隠していた包みを取り出した。

 自分の前に置いてある弁当箱とは、明らかに大きさが違う。男用……つまり。



「……え、俺の!?」

「な、何よっ、いらないの!?」

「い、いやそうじゃなくて……」



 梨蘭から包みを受け取る。

 食べ盛りの男子高校生の胃袋をしっかりと考えられた、かなりの大きさの弁当箱だ。

 これを、梨蘭が俺のために……。



「……彼女のお弁当イベントなんて、二次元の話だけだと思ってた」

「現実よ。受け入れなさい」

「ああ。ありがたくいただく」



 ビニールシートに座り、弁当箱を開ける。

 中はから揚げ、ハンバーグ、卵焼き、ミニトマト、ブロッコリーが並べられ、更にいなり寿司が詰められていた。



「これ、全部俺の好きな物……」

「当然よ。だってずっと見……なっ、何でもないわ!」

「お、おう?」



 よくわからないが。取り合えずいただきます。



「──うっま! このから揚げ、冷めてるのに俺好みの味付けだな!」

「ふふんっ。もっと褒めていいのよ」



 ああ。これは何度でも褒めたくなる美味さだ。

 梨蘭って、料理めちゃめちゃうまいんだなぁ。



「(ほ……よかった)」

「ん? 何か言ったか?」

「な、何でもないわよっ」



 んん? ……ま、いいか。うましうまし。


 このハンバーグも美味いし、卵焼きも俺の好きな甘い味付け。

 それにいなり寿司も五目御飯だけでなく、酸味の利いた梅肉が混ざってるものもある。飽きさせない工夫と言うか……これ、準備に相当時間かかったんじゃないか?


 ぼーっと梨蘭を見てると、ジト目で睨まれた。



「何よ」

「いや……ありがとな」

「……どういたしまして。ふん」



 頬を染めてそっぽを向く梨蘭。

 少し素直になったとは言え、まだまだ心から素直になるには時間が掛かるか。

 ま、いつまでも待つさ。


 俺は、こいつの彼氏だからな。

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