第2話

 家に帰ってから制服に着替え、朝食を食べる。

 父さんはもう会社に行ったのか家にはおらず、母さんと妹の琴乃だけがリビングにいた。



「ねえねえ、お兄! 今日が運命の日だよ! 繋がった!? どんな人が運命の人だった!? もうわかってるんでしょ、教えてよ!」

「こら琴乃、ちゃんと座って食べなさい」

「あいた」



 母さんにチョップされ、舌を出しながら笑うやかましい女。


 中学3年生。真田琴乃さなだことの

 俺の妹だ。


 中学生にしては大人びた体付き。

 年子で年齢が1つしか変わらないのに、まるで小学生のように元気ハツラツ。

 兄離れができていないのがたまにキズ。


 そんな琴乃が、俺と同じ焦げ茶の目を爛々と輝かせ、茶色に染めたポニーテールをブンブンと振り回して聞いてきた。



「別に誰だっていいだろ」

「よくないよ! 将来の私のお姉ちゃんだよ!」

「いや、別に結婚するって決まったわけじゃ……」

「チッチッチ。わかってないなぁお兄は。運命の人と結婚しない人なんて、今の時代じゃレトルトだよ」

「レトロな」

「同じだよ!」



 どこがだアホ妹よ。


 琴乃はゆったりとしたキャミソールに、ピッチリとしたショートパンツを履き、椅子に胡座を組んでトーストにかじりつく。

 女の子なんだからお下品な格好をするんじゃありません。



「ほーだなぁ……ごくん。個人的には梨蘭たんがいいなっ。お兄と仲良さそうだしっ」



 ギクリ。


 ……言えん。

 あの女が運命の人だなんて、絶対言えん。


 あれは俺が中3、琴乃が中2の頃だった。

 母さんのお使いで買い物に行ったある日、スーパーで久遠寺に出くわした。ばったりと。


 そこで勃発するいつものやり取り。

 それを見ていた琴乃は、見た目は可愛い久遠寺を気に入り、俺と久遠寺はとっても仲良しと判断したらしい。


 そんな琴乃に、俺と久遠寺が赤い糸で繋がってるなんて知られてみろ。


 絶対、めんどくさい。



「んなわけないだろ。授業でやった通り、運命の赤い糸は同い歳でも、世界中の誰かと繋がってる。それが同じクラスの女とか、どんな確率だ」

「え!? 梨蘭たんと同じクラスだったの!? それってもう運命じゃん!」



 ……しまった、墓穴を掘った。

 これは早めに退散した方がよさそうだ。



「だから違うっての。ごっそーさん」

「え、もう行くの? 送ってってよー」

「俺、日直。お前、送れない」

「ぶーっ。いってらー」

「おう、遅れんなよ」



 琴乃の頭を軽く撫でると、にししっ、と笑う。

 本当、あの女にも琴乃の半分でも愛想があればなぁ。


 ……また久遠寺のことを考えちまった。はぁ……嫌になるな、この『運命の赤い糸』ってのは。


 家を出た時刻は朝7時半。


 本当なら8時に出ても間に合うが、日直は早めに学校に行かなきゃならない。

 ホームルーム前に担任の配るプリントを運び、黒板を綺麗に拭き……面倒なルールだ、本当に。


 自転車チャリを飛ばし住宅街を抜けてイチョウ通りと呼ばれる大通りに出る。

 この時間、普通はまだ学校に向かう生徒はいない。

 いるとしても朝練のある運動部くらいだ。


 だけど……今日、やけに人が多いな。

 それも、同じ学年色青色の奴ら。



「私の運命の人、超イケメンだった!」

「俺の運命の人、アメリカ人だった……英語勉強しなきゃ……」

「おっぱいは正義! ぐふふ」

「私の運命の人は微妙だったけど……頭に浮かんだ瞬間に、『あ、この人しかいない』って思った」



 あー……なるほど。自分の運命の人がどんな人なのか、話してるのか。

 ……ますます言いづらくなった……。


 そんな同級生を横目に、県立銀杏高校へと続く坂道を漕ぐ。

 ちょっと急な坂道だが、帰宅部で運動不足の俺には丁度いい。えっちらおっちら。



「へいへいへーい! 来たな、暁斗!」

「アッキー、おはー」



 ん?



「おー。何だお前らか」



 1人はつんつん頭が特徴の巨人。身長190センチオーバーの大男、倉敷龍也くらしきりゅうや

 もう1人はツインテールと寝ぼけ眼が特徴的。身長140センチのロリ巨乳、十文寺寧夏じゅうもんじねいか


 2人とも中学からの友達で、俺と久遠寺の仲の悪さをよく知っている人物だ。


 チャリを駐輪場に停め、一緒に校舎へと向かう。



「どうしたんだよ、お前ら」

「どうしたんだよとはご挨拶だな」

「今日は運命の日だよ、アッキー。語ろうぜぇ」



 ぐっ……やっぱりそうくるか。

 これは……言えん。言えない。だって俺と久遠寺だぞ。

 いちいち俺に突っかかってくる、不倶戴天の天敵中の天敵。

 水と油。犬猿の仲。

 そんな女と俺が『運命の赤い糸』で結ばれてるとか、こいつらに知られてみろ。




『マジ!? マジ!? おんもしれぇ! 同中の奴に広めてやろ!』

『けけけけけっ、拡散してやるぜぇ』




 ってなる。それだけは阻止せねば。あいつの為にも。


 ……くそ、あいつの為ってなんだ。なんで俺があいつの心配をしなきゃならんのだ。



「語らうっつっても、何話すんだよ。その人のこと殆ど知らないだろ」

「そうなんだよなぁ。ま、頭に浮かんだ人の特徴を言っていこうや」






 浮かんだ特徴──可愛い。






 ってちがあああああああう!!!!



「ちょ、暁斗落ち着け!」

「アッキー、下駄箱に頭打ち付けちゃ下駄箱が可哀想だよぉ」

「ネイ、もう少し暁斗を心配してやれ……」



 ぐうぅぅ……! こんなはずじゃあ……!

 何でこんなにも久遠寺のことで一喜一憂しなきゃならないんだよぉ……!


 ふぅ……落ち着け、落ち着け俺。クール、クール暁斗だ。



「どうしたんだよ暁斗。今日おかしいぜ。テンションあげあげでいこう! へいへいへーい!」

「へいへいへーいだぜ、アッキー」

「龍也はともかく寧夏は全くテンション高く見えん」

「だってこれがウチだしなぁ」



 知ってる。

 ……2人を見てると、落ち着くなぁ。

 寧夏が俺の運命の人だったらよかったのに。

 ……いや、ないな。こいつが運命の人になった瞬間、生涯に渡って養う未来しか見えん。


 そんな2人と話していると、大扉から2人の女子生徒が入ってきた。



「ほらほら、梨蘭ちゃん。いい加減教えてほしいな、あなたの運命の人」

「だ、だからパッとしない奴だって言ってるじゃない! ……ぁ……」



 っ……久遠寺、竜宮院……。

 入ってきた久遠寺と目が合う。

 久遠寺も一瞬気まずそうな顔をしたが、直ぐに眉を釣り上げた。



「……何よ、文句あんの?」

「……ねーよ」

「言っておくけど、私は璃音と約束してたからここにいるだけだから」

「聞いてねーから」

「「ふんっ……!」」



 久遠寺から逃げるように、その場を足早に歩いた。



「ちょ、暁斗待てよー」

「じゃね。リラ、リオ」



 俺の後に続く2人。

 その2人にバレないように、口元を手で覆ってあくびをするフリをした。


 そうでもしないと……あいつとの何気ないやり取りが楽しくて、嬉しくて……ニヤける顔を我慢できそうになかった。






「あれ? 梨蘭ちゃん、顔がニヤついてるわよ?」

「そそそそそそんな訳ないじゃない!」

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