第1話
◆
結局一睡もできんかった……。
左手の薬指に光る赤い糸。
それを辿ってみると、部屋の壁を突き抜けて真っ直ぐ伸びている。
繋がっている場所は……勿論あいつだ。
脳裏に浮かぶ、
中学ん時から俺に対してむすーっとした顔をし、何かと突っかかってくる天敵のような女。
腹立つ。
憎たらしい。
イライラする。
……まあ、可愛いのは認めるが。
そんな……そんな女が、俺の運命の人……。
「はぁ……どんな顔してあいつに会えばいいんだよ」
既に早朝5時。
ベッドに寝転び、黙って天井を見上げる。
何も考えず、何も感じない。
ただ、そこにあるシミを見つめるのみ。
そうすると……ほーら眠気がやってきた。いいぞ眠気。がんばれ眠気。
『ちょっと
『暁斗、これ似合うかしら?』
『ねぇ暁斗……キス、したい』
「……〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」
じったんばったん!
いきなり出てくんじゃねぇ!
なんで……なんでよりによってアイツなんだよぉ……!
この世にいったい何人の同い歳の女の子がいると思ってんの! ふざけんな神様!
「くそ……散歩してくるか」
もう寝るのは諦めた。頭を冷やそう。
寝間着から動きやすい服装に着替え、ジャケットを羽織って外に出る。
……涼しい。この季節には珍しいが、早朝はこんなもんなのかもな。
河原の堤防まで歩く。
いるのは犬の散歩をしてる人、新聞の配達員、ランニングマンくらい。同い歳くらいの奴は誰もいなかった。
この赤い糸は本人同士にしか見えない。
物や人間を突き抜け、本人同士を結び付ける不変で不滅の糸。それが『運命の赤い糸』だ。
唯一変わるとすれば、運命の相手が死んだ時くらいか。
「はぁ……どうしてこうなったのやら……」
「こっちのセリフよ」
「いやいや俺の……ん?」
声がした方を振り返る。
……久遠寺……?
相変わらず、憎たらしいほどむすっとした顔。
体のラインを浮き立たせる動きやすそうな服装。
朝日に反射して綺麗で煌びやかな金髪。
普段は気にしない柑橘系の爽やかな香り。
俺を睨む目はいつも通り鋭いが、頬は紅葉を散らしたように赤らんでいる。
久遠寺梨蘭。運命の人。
──ドキッ──
くっ……! くそっ、高鳴るな俺の心臓……!
あくまで平静を装い、ぶっきらぼうに口を開く。
「……なんでここに?」
「私、朝散歩するのがルーチンだから」
「そうか……」
もう朝に散歩すんのやめよ。
「…………」
「…………」
黙りこくる俺と久遠寺。
チラッと左手を見ると……やっぱり、久遠寺に繋がっていた。
「……夢なら覚めてくれ」
「んなっ! しっつれいねあんた!」
「お前だってそう思ってるだろ?」
「あっ、当たり前じゃない! 誰があんたなんか!」
腕を組んでそっぽを向く。
が、その格好のせいで(おかげで?)、胸の大きさが更に際立った。
制服や体育の時から思ってたけど……こいつ、スタイルいいんだな……。
……って、何考えてんだ俺は!?
おおおお落ち着け俺。いくら顔がよくてスタイル抜群でいい匂いだけど、相手はあの久遠寺梨蘭だぞ!
俺を目の敵にする、俺の天敵!
それ以上でもそれ以下でもない!
……運命の人、らしいけど……。
「ま、全く……朝からあんたと会うなんて、最悪の1日ね」
「…………」
「……何で黙ってるのよ!」
「いや……久遠寺はいつも通りだなって、ちょっと安心した」
そうだよ。俺達の関係は、こんな『運命の赤い糸』程度じゃ変えられない。
何故かわからないけど、こいつは俺を敵視し、俺もそれに張り合って天敵認定している。
だから大丈夫……大丈夫……!
「あああ当たり前じゃない。私とあんたは運命の人でもなんでもないんだからっ」
不意に左手を挙げる。
と、久遠寺も律儀に左手を挙げた。
間違いなく繋がる赤い糸。
いや、もはや赤を通り越して紅……真紅色のような糸だ。
「……これが現実かぁ……」
「ぶっ飛ばすわよ!?」
まあよかった。
うちの両親曰く、『運命の赤い糸』で結ばれた2人が出会うと、無条件で好きになるらしい。
俺にはそんな感覚はないし、久遠寺もいつも通り。
ということは、例外というものなんだろう。
ふぅ、助かった。これで久遠寺が、頭の中で思い浮かべてるような言動や行動を取ってきたら、どうしようかと……。
「ふ、ふんっ。……私、もう行くから。あんた日直でしょ。遅れんじゃないわよ!」
「わーってる、わーってる」
やれやれ。いつも通りのあいつにこんなにも安心するなんてな。
このまま、何事もなく生きていきたいもんだ。
…………ん? 待てよ。この赤い糸は俺と久遠寺を繋いでいる。
つまり、今あいつがどこにいようとわかるってわけだ。
会いたくないと思えば、会わないで済むはず。
それなのに……なんであいつ、俺の後ろに立ってたんだ?
……いや、考えすぎだろう。朝の散歩が趣味って言ってたし、ここが散歩コースなだけなのかも。
俺がいようといつもと同じ散歩コースを歩く……やっぱり律儀だな、久遠寺は。
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