第231話

「はぁっ、はぁっ……! あー、疲れた」

「ま、全く。ホントよ、もう……! いきなり走るなんて」

「すまん」



 屋上前にやってきて、ようやく喧騒が静かになった。

 ここに来るような奴は誰もいない。みんな、学園祭を楽しんでいる。

 俺も楽しんだけど、正直疲れの方がでかいのは秘密だ。


 階段に座り込むと、俺の脚の間に梨蘭が座った。



「なんでそこ?」

「収まりがいいなと思って」

「まあ確かに、つむじがよく見える」

「見んな、ばか」

「じゃあ隣来ればいいじゃん」

「たまにはいいじゃない。今だけは、アンタは私の背もたれよ」



 なんじゃそりゃ。

 梨蘭が俺に体を預け、力を抜く。

 すっぽりと収まった梨蘭の頭がよく見える。本当、髪の根元まで綺麗なプラチナブロンドだ。


 そんな梨蘭の頭を優しく撫でると、むず痒そうに俺の脚に擦り寄ってきた。



「んむぅ……暁斗のにおい」

「やめい。恥ずかしい」

「いいの。最近暁斗忙しくて構ってくれなかったじゃない」

「う……ごめん」



 確かに、ここ最近は梨蘭に構ってやれなかったな……でも脚に擦り寄られると、色々と大変なことになるからやめて欲しい。



「ねえ暁斗」

「ん?」

「キスしたい」

「ぶっ」

「何笑ってんのよ!」



 いや、笑ってない笑ってない。ホントホント。

 それにしても、梨蘭がこんなことを言うようになるなんてねぇ。


 恥ずかしがってる梨蘭に覆い被さるように抱きつく。

 梨蘭は僅かに体を硬直させたが、直ぐに力を抜いた。



「今はこれで我慢な」

「むぅ。いいわ。私は寛容だから。でもなんで?」

「……ここでキスすると、止まらなそうだから」

「止まらなくていいのに」

「ばっ、そんなことできるはずないだろ……!」



 家でならいいけど、学校でそんなことしたらどうなるか……!

 バレたら間違いなく停学。最悪退学だ。

 そんなことにはならないと思うけど、ゼロとは言いきれない。


 だから学校でそういう行為はダメ!



「意気地無し」

「慎重派と言ってくれ。そういう梨蘭は、今日は大胆だな」

「だって、あんなかっこいい暁斗を見せられたら好きが止められなくなるに決まってるじゃない」



 また可愛いことを。

 梨蘭は首だけで俺の方を振り向くと、頬を染めてむすーっとした顔をした。

 え、照れてんの? 怒ってんの?



「私がこんなに暁斗を好きで好きでたまらないのに、暁斗はクールでむかつく。でもかっこいい。好き」

「好き好き言いすぎ」

「暁斗は私のこと好きじゃないの?」



 何、この面倒くさい彼女ムーブ。まあ面倒くさいところも可愛いけど。

 ……ん? なんか今日の俺、梨蘭のこと可愛いって言いすぎじゃね?

 ……ああ、そうか。俺も梨蘭に構えなくて、ストレスたまってたんだな。



「むー。なんで黙ってるのよー」

「ん? んー……うん、梨蘭」

「何よ」

「愛してる」

「んぎっ」



 どっから出たんだ、その変な声。

 梨蘭は悔しそうな顔で歯ぎしりをすると、急に立ち上がって俺の膝上に座った。



「この……! ばーかばーか! あほ! あほ暁斗!」

「なんで急にディスってく……むぐっ!?」



 ちょ、梨蘭いきなりキスって!?


 ——れろ。



「んーーーー!?」



 え、舌っ。舌ーーーー!?

 肩を掴まれた上に後頭部を押さえつけられ、しかも完全に押し倒すように覆いかぶさって来るし!

 ちょ、深ッ。え、待っ、なーーーーん!?


 突然の事態に固まっていると、完全に梨蘭に押し倒された。しかも馬乗り。

 完全にやばい体勢ですありがとうございます。



「ん、ぁ……ちゅ……ぷはっ。あは、深いのしちゃった」



 口を離すと、唇を舌で舐めて口の端を指で拭った。

 完全に俺を誘っている。しかも男装吸血鬼コスだからか超エロい。あとエロい。


 何これ何これ何これ。梨蘭こんな積極的だったの? すっごくエッチ。とてもエッチです。あと男装に梨蘭にちょっときゅんと来ちゃったのは内緒だ。



「暁斗、今日何の日か知ってる?」

「え? ……あ、ハロウィーンか」

「そうそう。というわけで、トリックオアトリート。お菓子をくれなきゃ、いたずらしちゃうわよ」



 既にいたずらされたようなものなんだけど。

 もはや、いたずらの域を超えてる気がする。



「暁斗、トリックオアトリート」

「う……い、今はない、です」

「じゃあいたずらね!」



 満面の笑みでキラキラしてやがる!

 梨蘭はマントの裾から何かを取り出すと、俺の腕に付けた。

 え、まさかこれ。



「て、手錠?」

「ええ。あ、動かないで。そのまま万歳してなさい。いたずらにならないでしょ」

「でしょって……こんなのどこから仕入れたんだよ」

「寧夏が貸してくれたわ」



 なんでこんなもん持ってんだ寧夏。

 とりあえず言われた通りに万歳をしていると、端っこにある天井からパイプを使って完全に拘束されてしまった。

 ……ん? あれ、これマジで……え、動かないんだけど!?

 天井から床に向けてパイプが走ってるから、どこからも抜けられない。引きちぎろうにも、これ多分マジの手錠だ。俺の力程度じゃ壊せないだろう。



「ふふ。さあ暁斗、いたずらの時間よ」



 梨蘭は手錠の鍵をポケットにしまうと、舌なめずりをして俺の上に跨った。

 これ、俺何されんの!?

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