第106話

「…………」

「…………」



 ……気まずい。


 いや、映画自体はおもしろかったよ。

 赤い糸がない世界で、男女の泥沼や真実の愛を探すみたいな内容で。うん、おもしろかった。


 でもね……なんで3時間のうちの1時間は濡れ場なのかなぁ!?

 本当にR15指定か!?

 おかげですげー気まずいよ! 気まずすぎてまともに顔見れないよ!!



「あー……お、おもしろかった、な……?」

「そっ! そそそっ、そう、ねっ……!」



 梨蘭は顔を真っ赤にし、俺の方をずっとチラチラ見てくる。

 多分俺も、顔真っ赤だろうなぁ……あれはさすがに刺激が強すぎた。


 気持ちが落ち着かなく、宛もなくさまようこと数分。

 さすがに昼飯も食ってないし、そろそろ飯を食いたい。



「な、なぁ、飯食わないか? ポップコーンだけだと腹減っちまって」

「え、ええっ。そうひまひょっ……!」



 噛み噛みだぞ、大丈夫か?

 ……いやまあ、大丈夫じゃないか。俺も大丈夫じゃないし。


 ガチガチに緊張してる梨蘭を伴いファミレスに入り、適当に食べる。

 けど……映画を見た後のフワフワした感じと気まずさで、味がしない。


 梨蘭も同じ気持ちなのか、ずっとソワソワしていた。



「……ぷっ。ふふっ……あははっ」

「なっ、何よ……?」

「いや、俺ら赤い糸で結ばれてて、しかも付き合ってるのにウブすぎだろって思ってな」

「ふ、ふんっ。ウブで悪かったわね……!」

「お互い様、だな」

「……ん、そうね……ふふ。なんか変な関係ね、私達」



 よかった。緊張が解けたのか、笑顔が戻った。

 しかしまあ、俺達を繋いでるのは濃緋色の赤い糸だからな……もしアレをしたらどうなるのか……想像すらつかない。


 ……いやいやいや、考えるな俺。立てなくなる。たって立てなくなる。


 ミートソースパスタを食べ、デザートにケーキを食べたところで、梨蘭が「さてと」と口を開いた。



「ねえ暁斗。この後なんだけど、買いたいものがあるの。着いてきてくれる?」

「え? ああ、どこでも付いてくぞ。何買うんだ?」

「それは着いてからのお楽しみってことで」



 着いてからのお楽しみ……?

 服とか、アクセサリーとかってことか?

 でも梨蘭って、アクセサリーとか付けないし……うーん?



   ◆



「じゃ、俺外で待ってるわ」

「逃げんな」

「ぐえっ」



 襟を掴みあげるな! 喉締まるでしょうが!


 思いの外強かった梨蘭に引き戻され、改めて目の前の店を見る。

 花柄、水玉柄、ストライプ柄、ラメ入り、フリル付き等々。


 色とりどりの布で作られたそれは──水着。


 そう、女性用水着専門店である。



「いやじゃあああああっ! こんな所入るのはいやじゃああああああああ!!」

「大人しく付いてきなさい! アンタがどこでも付いてくって言ったんじゃない! 男らしく付いてきなさいよォ!!」

「だからってなんで水着ショップなんだよーーーー!」

「アンタに見せたい水着を買うからに決まってるでしょーが! アンタに選んで貰いたいのよぉ!」

「梨蘭は何着ても似合うんだから俺が選ばなくてもいいだろぉ!」

「アンタの趣味全開の水着着てドギマギさせたいんだからっ、諦めなさいーーー!!」

「俺はいつもお前にドギマギしてるんだから、今更ドギマギさせんでいいわい!」

「とにかくっ、きーなーさーいーーー!!」

「いーやーだーーーー!!」



 俺の腕を引っ張って離さない梨蘭。

 くそっ、運動神経悪い癖になんでこんな時だけ力強いんだよ!?


 店前での攻防は拮抗状態に陥った。

 が。



「あの、お客様」

「「っ、はい?」」



 いつの間にか俺らの側にいた店員さんが、こめかみをぴくぴくさせて苦笑いを浮かべていた。



「イチャラブしているところ大変恐縮なのですが、他のお客様もおりますので入るならさっさと入ってプリーズ」

「「あ」」



 周りを見渡すと、遠巻きにめっちゃ微笑ましいものを見るような目で見られていた。


 え、ちょ、待って無理恥ずかしい無理……!



「「す、すみませんでした……!」」



 と、俺と梨蘭は慌てて店内に入っていった。


 ……入ってしまった。

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