第152話

   ◆



「え!? お兄と梨蘭たん、同棲することになったの!?」



 家に帰り、丁度そこにいた琴乃にさっき起こったことを説明した。

 起こったことと言っても、ざっくり説明して一週間後に同棲を始めるって説明しただけだが。


 案の定めちゃめちゃ驚いてる。

 そりゃそうだよなぁ。俺だって驚いてるんだし。



「まあな。だからしばらくはこっちに帰ってこれないかも」



 でも、さすがに月に1回や2回は帰ってくる予定ではいるけど。

 同棲は未知のものだし、お互いにストレスに羽を伸ばせるようにと梨蘭と話し合って決めたことだ。



「ほへぇ……まさかお兄と梨蘭たんが、そこまで進んでたなんて驚きだよ」

「俺も驚きだ」

「当事者が何を言ってるのさ。でもどこに住むの? この辺? 直ぐに遊びに行けるかな?」

「いや、用意してくれるまで、場所はまだわからない」

「そっかぁ……」



 琴乃は少し寂しそうな顔で、ソファーに沈んだ。

 まさか、俺が家を出ていくって聞いて寂しがってるのか? なんという可愛い妹だ。なでなでしてやろう。



「お兄が家を出たら、誰が私を学校まで送って行ってくれるのさ」

「俺の感激を返せ」



 まさかのパシリがいなくなったことを悲しんでた。お兄ちゃん、その発言で悲しいんだけど。


 そんな話をしていると、キッチンにいた母さんが楽しそうに笑った。



「はは。琴乃ちゃんはまだお兄ちゃん離れができてないみたいね。赤ちゃんの頃から、暁斗の後ろについて回ってたもの。懐かしいわ」

「まっ、ママ! 適当なこと言わないで!」

「適当じゃないわよ。なんなら、動画見る? スマホに入ってるわよ」

「ぎゃーーーー! そ、そんなの消してよー!」



 わいわい、わちゃわちゃ。なんだ、琴乃のやつ、やっぱり寂しいんじゃないか。



「大丈夫だぞ、琴乃。ちゃんと定期的に家に帰ってくるからな」

「う、うっさい! ばーかばーか!」

「お兄ちゃんに向かってばかとは何事だ。お前をそんな風に育てた覚えはありません」

「お兄に育てられた覚えもないもん! ふんっ、もう知らない!」



 と、急ぎ足でリビングを出て行ってしまった。

 うーん、からかいすぎたか? まだまだお子様だな。


 そう思っていると、ヒョコッと顔だけ覗かせた。



「お兄。住む場所決まったら、教えてね。……遊びに行くから」

「……はは。ああ、わかった」

「約束ねっ」



 それだけ言い残し、琴乃は自分の部屋に行ってしまった。

 多分、乃亜にも言うんだろうなぁ。あいつからも色々問いただされそうだ。

 ……いや、むしろ「推しカプ同棲シチュぐへぐへ」とか言いそう。

 最近の乃亜、外見はギャルなのにものすごいオタクっぽくなって来てるし。


 そんなことを考えていると、母さんが食器を洗いながら話し掛けてきた。



「暁斗、わからないことがあったら、いつでも聞くのよ。同棲も簡単なものじゃないからね」

「……ああ、わかってるよ」

「あと、梨蘭さんを悲しませるんじゃないわよ? あんたは昔から、女泣かせなんだから」

「いつ、誰が泣かせたよ」

「……自覚がないって、不幸よね。どうしてこう育っちゃったのかしら」

「おい、育てた張本人」



 反論しようとすると、母さんはヘッドホンをして音楽を聞きながら家事をしていた。

 全く、俺のどこが女泣かせだ。


 さてと、腹もいっぱいで眠いし……今日はもう風呂に入って休もう。

 自室に行き、寝間着や下着を準備していると、スマホがけたたましく鳴った。


 誰だ、こんな時間に……って、乃亜か。もう琴乃から聞いたんだな。



「もしもし」

『センパイセンパイ! 琴乃から聞きましたよ! 姐さんと同棲を始めるって!』



 相変わらずテンションたっけえな。もう夜だっていうのに。



「ああ。来週の土曜日からな」

『おめでとうございますです! さすがに早くてびっくりしました!』

「まあ、俺もびっくりしてる」



 極めてクールに応対するが、俺も内心めちゃめちゃ楽しみにしている。

 だって、運命の人と一緒に住むんだ。当然だろう?



『推しと推しが一緒に住む……ぬへへ。妄想が捗りますっ……!』

「変な妄想すんなよ」

『しませんよ! ちょっとくんずほぐれつ乳繰り合わせるだけです!』

「してんじゃねーか、中学生」

『高校生でリアル同棲するセンパイに言われたくありません』



 ごもっともです。

 乃亜に正論かまされてしまった。やるようになったな、こいつも。



『でも、そっかぁ……もうセンパイや姐さんと気軽に遊べなくなるんですねぇ。なんだか寂しいです……』

「お前も琴乃も受験生だからな。でも、たまになら遊びに来ていいぞ」

『言質取りました、ひゃっほう!』

「おいコラ。さっきの寂しそうな声色はなんだったんだ」

『女はみんな女優なんですよ』



 なんだそりゃ。


 電話の向こうでにしし、と笑っている乃亜。

 すると、何かを思い出したかのように「あっ」と口にした。



『あっ、そうだ見ましたよ、SNS! センパイと姐さんのウェディング広告!』

「げ。お前も見たのか」

『当たり前です! あれだけバズった広告なんですから! さあさあ、詳しいことを聞こうじゃないですか!』



 あー……こりゃ、夜中まで根掘り葉掘り聞かれるな。めんどくせ……。

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