第55話
「おい寧夏。龍也と喧嘩でもしてんのか?」
「そんなんじゃないよ。ただ……ちょっと今、気まずくて」
えぇ……あんなに気まずさとは無縁の2人が気まずいって、いったい何があったんだよ。
2人のことを交互に見ていると、不意に寧夏が笑みを浮かべた。
「だーいじょーぶ、だーいじょーぶっ。もう少ししたら、いつもどーりに戻るからさっ」
「……それなら、いいんだけどさ……あんまり長引かせんなよ?」
「にししー。……やっぱアッキーって超やさしーよね。そんなアッキーも好きだぜ☆」
「うっせ」
調子づいた寧夏のひたいをデコピンで弾き、自分の席に戻った。
後ろを見ると、気まずそうな顔の龍也。
こいつがこんな顔するなんて、本当に珍しいな。
「あー……龍也。何かあったら相談しろよ。絶対、力になるから」
「……サンキューな、暁斗」
どこか辛そうな顔で笑う龍也。
本当、何があったんだよ。
そんな2人のことを考えると、自然とため息が出てしまう。
でも察してほしい。この行き場のない感情を。
「ちょっと真田。何朝からため息なんてついてんのよ」
「っ。ああ、りら……久遠寺か。おはよ……う……」
登校してきた梨蘭を見て、思わず言葉が詰まってしまった。
半袖から覗かせる、土御門や寧夏に負けず劣らずシミ一つない白い肌。
ボタンは一番上は開けているけど、それ以外を全て閉めている。その結果、高校生離れした胸のボリュームが際立っていた。てか、今にもボタンの一つや二つが弾け飛びそう。
学校指定のスカートも、結構短くしている。張りのある水を弾きそうな太ももを、惜しげもなく晒していた。
色んな想像はしてたけど……やっぱり想像と現実は違うと再認識させられた。
何だこれ、可愛すぎる。
呆然としている俺の視線が気になったのか、頬を染めて目を逸らされた。
「な、何よ……言いたいことがあるなら、はっきり言えばいいじゃない」
「うっ……べ、別に。なんでもねーよ……」
「……あっそ」
…………。
言、え、る、か!!!!
可愛すぎて見とれてた、なんて……こんな教室のど真ん中で言えねーよ! 恥ずか死するわ!
でも一緒にいた竜宮院はそれがわかってるみたいで、必死に笑いを堪えていた。おいコラ、そんな顔でこっち見んな。
「ふふ。おはよう、真田君。倉敷君も」
「へいへいへーいっ、おっすおっすー」
「おはよう、竜宮院」
竜宮院を見ると、半袖のワイシャツにサマーベストを着ている。スカートも短くもなく長くもなく、ザ・優等生って感じだった。
ギャルらしい土御門と比べて、竜宮院は相変わらず大和撫子っぽさがある。まさに対極の関係だ。
「あれ? 寧夏ちゃん、どうしたの?」
「本当だ。いつもアンタ達、三人一緒じゃない」
あ、馬鹿。
今の会話を聞いてたのか、寧夏は急に立ち上がると廊下に出て行ってしまった。
それを見ていた龍也も、寧夏から逃げるように顔を逸らした。
「……えっと……ごめんなさい。私、変なこと言っちゃったかしら……?」
「……いんや。竜宮院のせいじゃないよ。……これは俺とネイの問題なんだ」
梨蘭と竜宮院が、心配そうな顔で俺を見る。
俺はそれに、肩を竦めて応えるしかできなかった。
◆
2人が申し訳なさそうに席に着き、俺も椅子に座りなおして前を向くと、スマホが震えた。
梨蘭:あの2人、本当に大丈夫なの?
……ホント、こいつは優しいな。
暁斗:ああ、心配ない
暁斗:と言っても、俺も実は詳しくは知らなくてさ。今は見守ることくらいしかできないんだ。
梨蘭:そう……もし手伝えることがあるなら、教えなさいよ
梨蘭:(犬が決め顔をしてるスタンプ)
暁斗:ああ。その時は頼むよ
日に日に、梨蘭って実はすげーいい奴だってことを再認識させられる。
……ん? また梨蘭からメッセージが。
梨蘭:話は変わるけどさ、駅前でのこと、ごめんなさい。
駅前でのこと?
……ああ。乃亜が俺にべたべたと絡んできた時のことか。
確かにあの時から、妙に避けられてたっけ。
暁斗:俺も、運命の人であるお前の前で、あんなこと許しちまって……ごめんな
梨蘭:……もうあんなこと、他の子にさせないで
あんなこと、ってのは……抱き着かせるってことだよな。
それを、他の子にさせないで……って。
慌てて梨蘭を見ると、俺の視線に気付いたのか肩を震わせた。
『メッセージの送信を取り消しました』
梨蘭:ミス!
梨蘭:何でもない! 何でもないから!
いや、それは無理があるだろ。見ちゃったし、既読付けちゃったし。
梨蘭:そ、それよりさ
梨蘭:ホームルームが終わったら、いつもの場所に来て
いつもの場所。つまり、屋上前の踊り場か。
暁斗:ああ。わかった
梨蘭:(犬が『Thank you』と言ってるスタンプ)
それから梨蘭はスマホをしまい、竜宮院の方に行ってしまった。
その姿を横目で追い、息を吐きながら机に突っ伏す。
……反則だろ、くそ。
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