第29話

 空はこんなに青いのに。

 風はこんなに暖かいのに。


 とっても眠いです。


 あの後、結局眠れず4時まで起きていた。

 その後の記憶はないから、多分寝たんだろうけど。

 俺は体質なのか、睡眠時間が7時間以上ないと1発で体調を崩す。

 恐らく3時間しか眠れてない今日は、頭痛吐き気めまいがとんでもなかった。



「お兄、いつも以上に顔怖いよ?」

「いつもは余計だ……」



 ダメだ、頭も回らん。言葉に覇気がないのが自分でもわかる。

 熱はないから、風邪ではない。単純な寝不足による体調不良だ。


 眠気覚ましのコーヒーを飲んでいると、母さんがお粥と梅干し、それと蜜柑とイチゴを出してくれた。



「暁斗、キツイだろうけどちょっとは食べなさい。それと蜜柑とイチゴでビタミンCを摂取して。あとでチョコも食べなさいね」

「ありがとう」



 至れり尽くせりとはこの事だ。

 個人的には肉をガッツリ食べて体力を回復させたいところだが、正直食欲も湧かない。

 一人暮らしをしてたら間違いなく学校は休んでたところだが……寝不足程度で休ませてもらえるほど、母さんは寛容ではない。


 今は少しでも食べて、学校に行かないと。



「お兄、ホント大丈夫?」

「大丈夫だ。でも悪いけど、今日は学校まで送ってやれないからな」

「いいよ、私もまだ死にたくないからね」



 うん。今日の俺は事故に遭いそうだし。

 俺も自転車じゃなくて歩いて行くか。


 お粥と梅干し、蜜柑、イチゴを食べ。板チョコをかじりながら家を出た。

 今日ばかりは陽射しが憎たらしい。自重しろ、太陽。


 いつも通り、イチョウ通りを歩いていると。



「へいへいへーい! 暁斗、おっすー!」

「あ? 何だ、龍也か」

「何だとは何だ。朝だぜ? テンションあげあげで行こう!」



 うぜぇ。

 こいつは変わらず、朝から元気だな。



「あれ、そういやお前チャリは?」

「寝不足でちょっとな。乗ると事故りそうだったから今日は徒歩だ」

「事故ったら嘲笑いに行ったのに」

「ぶっ飛ばすぞ」



 後頭部を割と強めに叩くが、龍也はケロッとしている。打たれ強さも変わらないな。

 龍也との軽口は気を使わなくていいから楽だ。まさに男友達って感じ。


 こいつとは中学の時からこんな感じだな。

 変わらない関係ってのもいいもんだ。



「そーいやさ、暁斗。お前さん昨日久遠寺の見舞いに行ったんだろ?」

「三千院先生に言われて、渋々な」

「とか言いつつ、昨日は久遠寺の家に向かう前はウキウキだったじゃないか」



 こいつ、俺の行動を逐一観察しすぎだろ。

 あとウキウキしてません。……してないからな?



「で、どうだった? 何かいいことあったか?」

「ねーよ。あいつの家に行って、ゼリーとプリント置いて帰ってきただけだ」

「んだよ。部屋に行ったりとか、弱った久遠寺を見てちょっとときめくとか、そんなイベントを期待したのによォ」



 エスパーかこいつは。

 マジで見てきたみたいに言うじゃん。しかも全部的確だし。


 顔が引き攣るのを我慢し、小さく息を吐く。



「龍也、さては最近ラブコメにハマってるな?」

「おうよ! 赤い糸が見えるようになってからな、ラブコメやら恋愛モノを狂ったように漁ってるぜ!」



 よく勘違いされるが、倉敷龍也という男はオタクである。


 このガタイと見た目で怖がられ、普段の行動や言葉が陽キャっぽく、オタク感は全くない。

 何もしなくても一目置かれ、陽キャ、オタク、男女関係なく常にクラスの人気者。


 それが倉敷龍也である。


 しかも両親も姉も根っからのオタク。

 遺伝子レベルの英才教育で、漫画、ラノベ、アニメ、ゲーム、ドラマ、映画等々を網羅している生粋のオタクだ。



「俺のラブコメ分析によると、熱を出した美少女の家にお見舞いに行けば、実家住みなら十中八九お節介な姉、妹、母がテンション吹っ切れて家の中にお招きする。久遠寺は確か大学生の姉が1人だったはず。両親は共働きって前に聞いたし、可愛い妹が熱を出したならお姉さんが看病で残ってる可能性は大。つまりお前は昨日、久遠寺のお姉さんと会っているだろう」

「…………」



 怖い怖い怖い怖い怖い怖い。

 何こいつ、どっかで見てたの? 的確すぎて思わず黙っちまったわ。

 龍也も、俺が黙ったのを見逃さず悪どい笑みを浮かべた。



「その沈黙、肯定と取るぜ?」

「馬鹿言うな。ありもしない妄想に呆れただけだっての」

「へぇ、あくまでそのスタンスを貫くのか」



 こいつ、ほとんど勘づいてやがるな。

 だが俺は認めない。認めたらこいつらのネタにされるのは目に見えている。

 ここは絶対譲れん。



「リューヤ、アッキー! おっはー!」

「おーネイカ。今日もちっこかわいいな」



 クソが龍也と同レベルで面倒なやつが来やがった!



「……おう、寧夏。おはよ」

「おはおはー! ……あれ? アッキー、テンション低くない?」

「寝不足なんだ。ちょっと黙っててくれると助かる」

「因みに何時間寝たのん?」

「3時間ぐらい」

「ぷぷぷーっ! 3時間寝れたならいいじゃん! 私なんて今日オールだよ! 新しいギャルゲの黒髪ロングちゃんのデレルートが攻略できなくてさー。いやーキツかったー」



 それ自慢じゃないから。

 それとお前、見た目年齢小学生なのにどうやってギャルゲなんて買ってんだ。



「ネイカ。それはまさか、竜宮院似のヒロインがいる例のヤツか?」

「お、流石リューヤ。昨日発売日でね、リオ似のヒロインだけは攻略したくて」

「全クリしたら貸してくれよ」

「おけー」



 ギャルゲで盛り上がれる男女って珍しいな。

 ま、2人って昔からこんな感じだったし……このまったりした関係も悪くはない。



「ところで暁斗。さっきの話の続きだが」

「えーっ、なになに? 何の話ー?」



 訂正。ちょっとは成長して変わってくれ。

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