第30話

 教室に着くと、中はいつも通りの喧騒。

 昨日のドラマがどうの。

 新しいコスメがどうの。

 ゲームでボスが攻略できないどうの。


 いつも通りの日常。いつも通りの風景。

 だが。



「あれ? リラ、来てるじゃん」

「ホントだ。元気そうだな、お前の嫁」

「嫁じゃねーっつってんだろ」



 でも……確かに元気になってる。

 昨日とは打って変わって、竜宮院と笑顔で話していた。



「でもよかったわね、元気になって。心配したんだから」

「ありがと。心配かけてごめんね」

「ふふ、いいのよ。それより……昨日何かなかった? いいこととか、特別なこととか」



 竜宮院のやつ、わかってて聞いてやがるな。

 しかも俺が教室に入って来たのを確認してから聞くなんて、性格悪いぞ。


 だが久遠寺は苦笑いを浮かべ。



「昨日は本当に一日中寝てたから、何も覚えてないのよ」

「……本当に何も覚えてないの? 真田君がプリントを持っていってるはずなんだけど」

「そうなの? 悪いけど、全く記憶にないわね。泥のように眠ってたから……」

「ふーん」



 おい竜宮院。何だその「つまんないわね」みたいな顔は。

 寧夏は袖をぶんぶんと振り回し、久遠寺の元へと走っていった。



「リラー、おっはー。元気になった?」

「あ、寧夏。おはよう。まだちょっとダルいけど、もう大丈夫よ」

「そかそか。いやー、リラが休んじゃって、アッキーが元気なくなっちゃってさー。来てくれてよかったよ」

「そうなの?」



 おいコラ寧夏。何勝手なこと言ってやがる。

 元気がなくなったわけじゃないからな。ただ心配だっただけだからな。



「ふーん……へぇ、そうなんだぁ……」



 僅かに声を弾ませる久遠寺。

 頬も僅かに朱色に染まり、嬉しそうに頬を緩ませた。

 そんなリアクションされると、俺も恥ずかしいんだけど……。


 ……いつまでもここでボーッとしてる訳もいかないし……行くか。


 意を決して自分の席に向かうと、久遠寺も気付いたのかこっちを振り向いた。



「っ……」

「……よう」

「ぁ、うん。おはよう……昨日はプリント届けてくれたんだって? ありがと」

「別に。三千院先生に言われたから持ってっただけだ」



 ほっ。どうやら昨日のことは本当に覚えてないみたいだ。

 本人も夢って思ってたみたいだし、結果オーライだな。



「あら。梨蘭ちゃん、耳真っ赤になってるわよ」

「ほんと〜。頬まで赤くなっちゃって、可愛いんだぁ〜」

「えっ!? こ、これはあれよ。まだ風邪が万全じゃないだけだから……!」



 ……え、覚えてないよな? 本当に夢だって思ってるよな?

 あんなの、夢じゃなくて現実だって知られたら、俺も久遠寺も恥ずかしすぎて生きていけないんだが。


 熱か羞恥か、久遠寺は赤くなった顔を隠すようにいそいそとマスクをした。



「そう? 辛くなったら、真田君に言うのよ」

「そうそう。アッキーなら一緒に保健室に付いてきてくれるって」

「おい、勝手に話を進めんな」



 大体、そう言うのは保健委員がいるだろ。



「そ、そうよ。それに私もほとんど治ってるもの。保健室は行かなくても問題ないわ」

「……梨蘭ちゃん。耳貸して」

「え。な、何よ……」



 竜宮院が、久遠寺の耳元で何やら話している。

 内容は全く聞こえないが……うん、嫌な予感しかしない。妙な入れ知恵を入れてるんじゃないだろうな。



「ごにょごにょ、ごにょごにょごにょ」

「えっ、そんなっ。ぇぅ……!」

「ひそひそ、ひそひそひそ」

「そっ、そそそそそんなことっ」

「こそこそこそ」

「ぁぅ……」



 ぷしゅーーーっ。こいつ、頭から湯気出てんだけど。



「あらあら大変。ほら真田君。梨蘭ちゃん熱が出てるから、保健室に連れてってあげて」

「お前わざとだろ……」

「なんのことかしら? わからないわね」



 めっちゃいい笑顔で言ってんじゃないよ。

 周りを見ると、まだ保健委員は登校してない。

 竜宮院か寧夏が連れていけばいいと思うが、こいつらは間違いなく俺に押し付けるつもりだろう。


 てことは……俺しかいない、か。



「はぁ……ほら久遠寺。行くぞ」

「む、無理っ……! えええええっちなことするつもりでしょ……!」

「アホか。病み上がりの奴にしねーよ」

「え? 真田君、梨蘭ちゃんが病み上がりじゃなかったらするつもりだったの?」

「言葉の綾です!」



 ちきしょう、俺に逃げ場はないのか……!


 久遠寺の腕を引くように立たせる。

 昨日もそうだったが、服越しなら触れても問題ないみたいだ。

 このまま、肌同士が触れ合わないように注意して……。



「アッキー、お姫様抱っこしてあげなよぅ」

「そうだぜ暁斗。男見せろ」

「真田君、写真撮影は任せてちょうだい」



 やかましいわ!

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