第201話

   ◆



「という訳で、今日から真田君が復帰となります」

「ども、ご迷惑をお掛けしたようで」



 軽く頭を下げると、暖かい拍手で迎えられた。

 うわ、よかったー。ここで無言だったらどうしようかと思った。


 記憶が戻って3日くらい経った。

 父さんと母さんにも顔を見せ、医者からもようやく登校の許可が降りた。


 約半月振りの学校か……。

 ダルいけど、ちゃんと授業は受けないとな。将来のためにも。

 クラスメイトたちは、少し心配そうな顔で俺を見てくる。


 そりゃまあ、話を聞く限り頭から落ちたらしいからな。

 俺だってそんな現場を目の当たりにしたら、交流がなくても心配くらいはする。



「まだ記憶が戻って間もないので、色々サポートしてあげてくださいね。ただ、押し付けや無理は禁物ですよ。さあ、真田君。席に」

「あーい」



 三千院先生に促され、席へ向かう。

 途中途中で声を掛けられ、それに一言ずつ挨拶する。


 不安げな梨蘭に微笑み掛けると、今度は龍也と目が合った。

 からかってくることも不敵な笑みを浮かべることもなく、そっと目を逸らされる。


 気にしてねーつってんのに。

 こいつ、意外と肝が小さいんだな。


 軽く龍也の脳天を小突き、席に着く。

 後ろから不満げに背中をつつかれたが、なんとなくそれが心地よかった。



「それでは、本日の予定ですが──」



 三千院先生が簡単にホームルームを終わらせる。

 先生が予め注意してくれたから、そんなに俺の周りに人は集まらなかった。


 ……べ、別に人望がないとかじゃないしっ。先生のおかげだしっ。

 ……ちょっと寂しいけど。



「サナたん! サナたんサナたん!」

「うお!?」



 び、びっくりしたぁ、ひよりか。

 それにひよりの後ろには、黒瀬谷と緑川もいるし。



「サナたん、ひよりは信じてました! 絶対記憶戻って、帰ってくるって!」

「近い近い、圧が強い」

「あぅっ」



 ひよりの頭を掴んで引き剥がす。

 それでも、掴まれて嬉しそうなのはなんなの。



「サナダー、おつおつー」

「いやー、ひよりん大変だったんよ、すげー落ち込んじゃってさぁ」

「ちょっ! ミったんそれ言わないでよぉ〜!」



 そうか……病院にお見舞いに来てくれてから会えてなかったけど、ひよりも心配してくれてたんだな。



「ありがとう、ひより」

「ん……まあ、別に当たり前のことだよー。ひよりの運命の人も心配してたしねー」

「あー、プロモーション会社の御曹司か」

「そうそう。今度挨拶に来るってさー」



 えっ、マジかよ。それはそれで面倒だから御遠慮させていただきたい。


 そんなことを話していると、不意に龍也が立ち上がった。



「あ、龍……也……」



 もう授業始まんのに、教室出て行っちまった。

 トイレかと思ったが、あの悲痛そうな顔はどう見ても……。



「アッキー、りゅーやはウチに任せて」

「寧夏……悪い、頼めるか?」

「ん」



 寧夏も龍也を追いかけて教室を出て行った。

 今俺が龍也にかける言葉はない。そんな気がする。


 寧夏を見送ると、梨蘭がそっと耳打ちしてきた。



「あの2人、大丈夫かしら……?」

「……さあな」



 気にすんなって言ってんのに、龍也は気にしてるっぽいし。

 ……多分、反対の立場だったとしたら、俺も相当気にしてたろうな。だから気持ちはわかる。


 ……だけどよ、あんなに避けることないだろ。いい加減イライラして来たぞ。



「サナダ、あんまりクラシキんこと責めんといてな」

「黒瀬谷……?」

「あいつ、前触れもなく授業中に急に泣き出したりしたんよ。色々思うところがあるんだろーね」

「はは、泣くって……」



 いやいや、そんな……え? 冗談だろ?

 笑い飛ばそうにも、梨蘭とひよりの表情を見るにマジっぽい。



「クラたん、最近ずっとキツそうだったよ」

「そうね。ほら、家でも寝れてないって言ってたじゃない?」

「…………」



 結局龍也は、その日学校を早退した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る