第158話
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「これで準備はオーケー、と」
金曜日の夜、全ての荷造りが終わった。
布団だけはここに置いておくとして、あとの荷物はダンボールに詰め込んだ。
ラノベや漫画が大半で、結構な量になったな。服も必要最小限しか持ってないし。
ベッドの縁に座り、広くなった部屋を見渡す。
……この部屋、こんなに広かったんだな。
なんとなく、寂しい気持ちになる。
月に何度か帰ってくるとはいえ、明日からはもう別の家で生活が始まるんだもんな……。
ボーッと天井を見上げる。
昔はこの部屋で琴乃と一緒に寝てたんだっけ。
で、俺が小3の時に部屋を分けたんだ。
あの時の琴乃、この部屋でギャン泣きしてたっけなぁ。懐かしい。
そんな俺がもう家を出て、運命の人と同棲を始める、か。
時が経つのは早いな。
なんだか寝付けず、色んなことを考えていると。
部屋の扉が数回、ノックされた。誰だ?
「はい?」
「……お兄、今いい?」
なんだ、琴乃か。
「ああ、いいぞ」
俺の返事を待って琴乃が扉を開けると、部屋の中をぐるりと見渡した。
「おぉー、ほとんど荷物ないね」
「ああ。家の中も広いし、一応全部持って行こうかと思ってな」
「そっかぁ……お兄、本当に行っちゃうんだね」
ぽふっとベッドにダイブする琴乃。
どことなく、寂しげな顔をしてるのは気のせいだろうか。
「寂しいのか?」
「そんな訳ないじゃん。学校までのアッシー君がいなくなって不便なだけだよ」
「アッシー君言うな」
なんだよ、俺の嬉しい気持ちを返せ。
俺は寂しいのになぁ。まあ、琴乃らしいっちゃ琴乃らしいけど。
なんとなく琴乃の頭をわしゃわしゃ撫でる。
琴乃は「うあぁ〜〜……!」と変な声を出していたが、悪い気はしていないみたいだ。
琴乃の頭を撫でることしばし。
不意に琴乃から、聞き取れないくらいの小声が聞こえてきた。
「(冗談だよ、ばーか。寂しいに決まってんじゃん)」
「え、なんて?」
「難聴主人公死ね」
「琴乃ちゃん辛辣すぎない!?」
俺の妹がこんなに辛辣なわけかない。
うぅ、いつからこんな風に育ってしまったのか……お兄ちゃん、琴乃ちゃんの将来が心配よ。
さめざめと泣いていると、琴乃がぴょんっとベッドから立ち上がった。
「ねえお兄。お兄が家を出るってことは、この部屋空くんだよね?」
「まあな。月に何回か帰ってくるから、完全に空くってわけじゃないけど」
「じゃさ、この部屋私にちょうだい? 最近荷物を置くスペースがなくなって困ってたんだよねぇ」
んー……ま、別にいいか。特に迷惑になるわけでもないし。
「ああ、いいぞ」
「やったー! お兄大好き!」
「はいはい、俺も大好きだぞ」
「うわ、妹に大好きとか引く」
「兄に大好きとか言っちゃう中3も相当ヤバいぞ」
「私のはほら、リップサービスだから」
「くっ。リップサービスでも嬉しいと思ってしまう自分が恨めしい……!」
だってしょうがないじゃん。可愛い妹から大好きなんて言われたら、そりゃ嬉しくもなるよ。
「まあまあ。私より梨蘭たんに言ってあげなって。喜ぶよ、きっと」
「琴乃に言われんでもわかってるわい」
デコピンくらえ。
「うにゅっ!? 何すんのさ!」
「お兄ちゃんをからかった罰です」
「ぐぬぬっ。……しっぺ!」
「硬化!」
「にゃっ!? 筋肉かったい!」
ふはは、琴乃程度の力でダメージを与えられると思うなよ。
琴乃は悔しいのか、ぺちぺちと何度もしっぺをしてくる。ちょ、くすぐったいんですけど。
「このこのっ」
「やめい。頭わしゃわしゃしてやる」
「キャー♪」
琴乃はキャッキャとはしゃぎ、頭わしゃわしゃを楽しそうに受け入れる。
もしかしたら、本当に寂しかったからこうして俺の部屋に来たのかもな。
「安心しろ、琴乃。お兄ちゃんはいつまでも、琴乃のお兄ちゃんだ」
「っ……なんだ、気付いてたんじゃん。ばーか、あーほ」
「ま、なんとなくだけどな。だけど俺、結構鈍感な自信があるから、言いたいことはハッキリ言ってくれた方が嬉しい」
「自信満々に言うな」
「言ったろ、鈍感さには自信があるって」
「……こりゃ、梨蘭たんが苦労するわけだ」
そのやれやれ、みたいな顔はやめなさい。
琴乃はベッドから立ち上がると、ぐいっと俺の腕を引っ張った。
「ならお兄、一緒にアイス食べよっ」
「こんな時間にか? 太るぞ?」
「いいのいいの。お兄と食べたいって思ったから食べる! はい、言いたいこと言いました!」
琴乃は恥ずかしそうに胸を張った。
可愛い妹の頼みだ、仕方ない。
「じゃあ食うか。でも冷凍庫にアイスあったかな?」
「アイスがなかったら買いに行けばいいじゃない」
「仰せのままに、マリー琴乃ワネット様」
「語呂悪い、やり直し」
「厳しいなおい」
部屋を出る琴乃と一緒に、俺も部屋を出た。
で、結局冷凍庫にアイスはなく、コンビニで1番高いアイスを買わされたのは、別のお話である。
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