第237話

 土曜日になり、俺と梨蘭は二人であるビルの前に来ていた。

 ここの一階にあるテナントが、今日の目的の石手寺鉱石店である。

 鉱石店という名前だが、指輪やネックレスなどのジュエリーがガラスケースの中で輝いている。

 石付きのジュエリーだから、どれもこれも目が飛び出るくらい高い。こわ。



「綺麗ねぇ」

「だな。万が一にも傷なんて付けられないぞ」



 ウェブサイトで見るのと、リアルで見るのは違う。

 わかっていても、こんなに綺麗なものなのか。

 店先でジュエリーを覗き込んでいると、ビルの自動ドアが開き石手寺先輩が出て来た。



「おー、いらっしゃいご両人! 待ってたよ!」

「石手寺先輩、今日はよろしくお願いします」

「どもっす」

「うんうんっ、今日も光ってるよ! さあさあ、こっちこっち!」



 石手寺先輩の先導で、店の中に入っていく。

 ぉ……おぉ。やっぱ店の外と中じゃ、受ける印象が違う。

 まるで異世界に入ったかのような、不思議な感覚に見舞われた。異世界行ったことないけど。

 スタッフさんに頭を下げられ、こちらもへこへこと頭を下げる。

 気のせいかわからんが、スタッフさんもどこか輝いてるように見える。

 店内を横切り、スタッフ専用の裏口へ入る。

 流石有名店。スタッフ用の部屋もちゃんと整ってるし、豪華だ。



「それじゃ、ちゃちゃっと写真撮っちゃおっか」

「まずはオーナーさんに挨拶じゃ……?」

「あ、お父さん今海外で商談中なの。だからこの店のオーナーは、実質私だよ」



 なんと。高校生にして、日本有数のブランドのオーナーって……意外と出来る人なんだな。



「おや。何か今、失礼なことを言われたような」

「何も言ってないっすよ」

「そう? まーいいや」



 待機していた女性カメラマンがゴツいカメラを準備すると、石手寺先輩がいくつかのジュエリーをテーブルに置いた。

 リング、ネックレス、イヤリング、ブレスレット、アンクレット。多種多様で、幾つあるのかわからない。



「リングの大きさは、事前に測ってもらったたから問題ないよ。さ、じゃんじゃんやって行こう!」



 白手を付けた石手寺先輩が、俺と梨蘭の左手薬指にリングを嵌める。

 プラチナのリングにサファイアが埋め込まれている。間違いなく高級品。ちょっと手が震える。



「じゃあ二人とも、手を出して重ねて。久遠寺さんが下で、真田くんが包み込む感じに」



 石手寺先輩の指示で、白い布の上で手を重ねる。

 俺らの指に光る美しい指輪。それを、色々な角度から撮っていく。



「お嬢、この二人凄いですよ。どんな角度から撮っても、全部最高にバエます」

「やっぱり私の目に狂いはなかったね! グッジョブだよ、二人とも!」



 リングを嵌めて手を撮られてるだけでめっちゃ褒めてくるじゃん。

 なんか気恥しい。

 その後も色々なタイプのリングを嵌めては撮り、撮っては嵌めてを繰り返す。

 梨蘭単体、俺単体も撮り、リングは終了。

 次にネックレスに移った。



「ネックレスは顔とか写したいけど、大丈夫だよね?」

「まあ、今更っすから」

「ウエディングの時に顔出ししちゃったからね」

「おけおけ! じゃ、おなしゃす!」



 俺と梨蘭にお揃いのネックレスを付ける。

 チェーンは男物の方が太いが、形状は同じだ。

 白の背景をバックに写真を撮っていく。

 が、カメラマンさんの顔が少し曇った。



「どうかしました?」

「なんというか……こう、ビビっと来るものがないというか。いえ、全部素晴らしいんですけど、もっと二人のポテンシャルを引き出せる気がするんです……!」



 パソコンに写っている写真を見てみる。

 ……そうか? よく撮れてると思うけど。

 ただ梨蘭も同じことを思っているのか、うんうんと頷いた。



「確かに、私たちにしては硬い気がするわ」

「そうだねぇ。距離感はいいとしても、雰囲気がぎこちないというか」



 やいのやいの。女性たちであーだこーだ話している。

 わからん。何が違うんだ。



「もっとこう、ポーズを取ってみるのは? 今だと腕を組んでるだけだし」

「そうですね。お嬢の言う通り、色んなポーズを試してみましょう」

「でも私たち、そんなポーズとか出来ませんよ。モデルじゃないんですから」



 確かに決めポーズとかわからん。

 となると、俺らに出来ることは……。



「梨蘭、ちょっとこっち来て」

「え? ええ」



 梨蘭を呼び、取り敢えず俺がソファーに座る。

 で、脚をポンポンと叩いた。



「え、座れってこと? ここで?」

「いつもやってるだろ。今日は跨がないで、足を揃える感じで横向きに座って欲しい」

「い、いいけど……」



 人前でやるのが恥ずかしいのか、チラチラと二人を見る。

 しかし覚悟を決め、梨蘭は横向きで俺の脚に座った。

 俺が腰に手を回すと、梨蘭は流れるように俺の首に腕を回す。



「梨蘭、俺を見ろ」

「ちょ、待って……ち、ちかっ……!」

「俺から目を離すな」

「ぁぅ……」



 顔が真っ赤で、でも幸せそうなメスの顔を魅せる梨蘭。

 その瞬間、カメラマンさんの目がギラリと光ってシャッターを切った。



「素晴らしい素晴らしい素晴らしい! それ! それが欲しかった! カメラを意識した雰囲気じゃなくて、日常にそっと寄り添うジュエリー! いい! 凄くいい!」

「おぉっ! 流石真田くん!」



 ほっ……よかった、正解を引き当てたみたいだ。

 その後も、日常生活をテーマに色んなジュエリーを身に付けて写真を撮る。

 最後の一枚を撮り終えた時は、日が完全に暮れた頃だった。

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