第163話

   ◆梨蘭◆



 何を!

 言ってるの!

 このバカ暁斗はぁ!!


 ななななな何さっ、何さっ! 愛してるって! 愛してるって!!

 私だってもちろん愛してるわよ! 好きよ、大好きよ!

 でも今の不意打ちはズルくない!? ねぇズルくない!?


 しかも私をこんなきドギマギさせた上で寝てるし! 寝てるし!! 寝てるし!!!



「すやぁ……」



 すやぁじゃないわよ! ばか! あほ! 女たらし!


 せめて私の返事を聞いてから寝なさいよ! さっきまで心穏やかだったのに、アンタのせいでドキドキして眠れないじゃない!



「むぅ……」



 つんつんくらえ。つんつん、つんつん。



「むにっ……ふがっ……」



 ……起きないわね。ちょっと面白くなってきたかも。

 つんつん、つんつん。


 ……それにしても暁斗って、かなりお肌綺麗ね。

 日頃のお手入れのお陰なのかもしれないけど、男子高校生でここまで綺麗なのってすごい……。


 つんつんしていた指を、そっと肌に這わせる。

 保湿したばかりとはいえ、ヒゲの剃り残しや剃った跡もない。つるつるすべすべだ。


 つるつるー、すべすべー。


 ……どんなにやっても起きないわね。

 暁斗って1度寝ると、滅多なことじゃ起きないのかしら。

 いたずらするわよ? しちゃうわよ? ドキドキ。


 暁斗を起こさないように近づき、そっと腕を抱き締める。

 ふふふ。このまま朝まで抱き着いて、痺れさせてやるわ。私をドギマギさせたバツよっ。


 ……こうして暁斗に密着するのも、久々な気がする。

 暁斗の腕。暁斗の体温。暁斗の匂い。

 全てを感じられる、私だけの特権。


 琴乃ちゃんもやってるんだろうけど、このドキドキは私だけのもの。



「すーーーー、はぁーーーー……」



 首筋。暁斗の匂いが濃い。

 絡め合う指。太い。逞しい。

 静かな寝息。安らかな寝顔。


 こうして暁斗を感じていると、さっきまで高鳴っていた鼓動が少し静かになった気がする。


 もちろん、暁斗と一緒に寝ているって事実に心は弾んでいる。

 でもそれ以上に、安心する。



「……♪」



 私も眠くなってきたわ……もうちょっと暁斗を堪能してたいけど、まだ明日もある。


 ううん。明日だけじゃない。

 明後日も。1年後も。10年後も。きっと、ずっと。


 私はこうして、暁斗にドキドキしている。



   ◆



「すぅ……すぅ……」



 ……寝たか。



「…………」






 眠れるか!

 眠れるか!!

 眠れるかああああああああああ!!!!






 いや確かに途中までは寝てたよ! うとうとしてガッツリ寝てたよ!


 でもあんなことされたら起きるに決まってるだろ!?

 つんつんすんなよっ! 撫でるなよ! 抱き着くなよ!!


 満足気な顔しやがって! 可愛いな、くそ!


 大きく息を吐き、天井を見上げる。

 こうして見ると、うちの天井とは全く違う。当たり前だけど。


 腕に抱き着いて眠る梨蘭の感触。それに柑橘系の香り。

 しかも中途半端に眠ったから、目が冴えてしょうがない。


 仕方ない。このまま朝が来るまで待つか……。

 ……さすがに腕を解かせてもらおう。このままじゃ身動きひとつ取れない。


 梨蘭を起こさないように、ゆっくり腕を動かす。



「んむぅ……!」



 力強っ。

 完全に寝てるのに、決して離さないという強い意志を感じる。

 はぁ……これは朝までこのままだなぁ。

 諦めて力を抜き、ボーッと天井を見つめる。


 思えば、『運命の赤い糸』が現れたのは4月。今はまだ9月。

 そう考えると、この5ヶ月で俺らの関係ってだいぶ変わったよな。


 俺達だけじゃない。周りの関係も変わった。


 龍也と寧夏。

 璃音とリーザさん。

 それにひよりも。


 ちょっとずつ変わる関係性の中、みんな前を向いている。


 考えたくはないけど、俺達とみんなの関係もいずれ変わっちまうのかな。

 それはちょっと……いや、だいぶ……いや、かなり……いや、めちゃくちゃ寂しい。


 変わっていい関係もあれば、変わって欲しくない関係もある。


 みんなとの関係は、変わって欲しくない。


 ……なんか途端に不安になってきた。


 …………。



「梨蘭、起きてるか?」

「しゅぴぃ……」

「…………」



 ギュッ──。


 ふぅ……安心する。

 恥ずかしい気持ちもあるけど、こうして抱き締めていると不安な気持ちは払拭される。


 と、同時に……また眠気が……。


 おや、すみ……すやぁ。

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