第5話

 祈り気まずい時間が終わり、授業は進む。



「ではここで、ちょっと現実的な話をしましょう。『運命の赤い糸症候群』についてです」



 現実的な話?

 先生が黒板に更に板書する。


 それは。



「ぇ……運命の人が、死んだ場合……?」



 久遠寺の呟きが、静まり返った教室に響く。

 しかし三千院先生の授業は止まらない。



「これは現実に起こりうることです。病気で、怪我で、事故で。そうなった際、どんなことが起こるのかを説明します」



 教室の空気が引き締まる。

 今頭の中に浮かんでいる人が、突然変わるかもしれないんだ。気にならない訳がない。



「今現在、世界では年間約6000万人が亡くなると言われています。1日にすると約16万4000人。決してありえない数字ではありません。まあ全年代の合計値なので、同年代が亡くなり、更にそれが運命の人というのもかなりの低確率ですが」



 三千院先生の話を要約するとこうなる。


『運命の赤い糸症候群』が世界中で発生してから、子供の自殺率は低下したらしい。

 更にイジメも、犯罪率も激減したのだとか。

 理由は多々あるが、可能性の1つとして上げられてるのが。




【愛】故に、らしい。




 自分が何かしでかし、相手に悲しい想いをさせたくない。

 自分が何かしでかし、その事が相手に伝わって嫌われたくない。


 だから運命の人が死に、変わる確率は限りなくゼロに近いらしい。


 それでも変わる可能性はある。


 それが、病気、怪我、事故だ。



「もし変わった場合ですが、プラスマイナス5歳の中で最も相性のいい運命の人と繋がります。もし相手が16歳に達していない場合、相手が16歳になるまで誰とも繋がりません。これが現実です」

「せんせー、なんでプラマイ5歳なんー?」



 三千院先生の話を遮り、黒ギャル(確か黒瀬谷さん?)が疑問を口にした。



「これは諸説ありますが、有力なのは自身の肉体年齢と言われています。年齢がかけ離れすぎては、必ず歳が上の方が先に亡くなってしまいますから」

「それって、死ぬまでずっと一緒ってこと?」

「そういうことです」

「おー、ロマンチックー!」



 黒瀬谷の言葉にクラスメイト(主に女子)が騒ぐ。

 なるほど、死ぬまでずっと一緒、か……。


 黒板の方をずっと向いている久遠寺は、いったいどんな顔をしてるのか……。



「次に同性愛者の方々についてです。こちらは運命の人が同性であること以外変わりません。恋愛対象が同性でも、運命の人は現れます」

「真綾ちゃーん。思ったんすけど、それってかなり都合がいいっすよね?」

「倉敷君、真綾ちゃんではなく三千院先生ですよ。でも、よいところに気付きました」



 三千院先生は、普段見せない朗らかな笑みを浮かべて。



「だからこそ、【運命】なのです」



 元も子もないことを言いだした。



   ◆



「まぐまぐ、ごくんっ。にゃるほどにゃるほど。運命ってのは随分と雑なもんなんだねぃ」



 昼飯に巨大メロンパンをかじりながら、寧夏が授業で習ったことを口にした。


 銀杏高校名物、顔面メロンパン。

 普通のメロンパンの3倍はデカいもので、ちっこい寧夏からしたら顔面が隠れるほどのデカさだ。


 そのちっこい体のどこにそんなもんが入るのだ。



「ああ。まさかこんなもんに踊らされるなんてな」

「へいへいへーい。暁斗、今の世の中こいつがあってこそ平和な側面もあるんだぜ。真綾ちゃんも言ってただろ」

「まあな」



 こいつがあるから、世の中は平和でいられる、か。

 赤い糸の先。久遠寺は竜宮院と飯を食っている。

 楽しそうに笑う横顔。いつもなら気にもならないが……今はその笑顔さえ輝いて見え──。



「ふんぬっ!」

「ちょっとアッキー。机に頭叩きつけないでよ。牛乳パックが落ちちゃうでしょ」

「ネイ。だから牛乳パックより暁斗を心配してやれ」



 この世には、俺達程度の語彙力や頭では説明も理解もできない偶然、奇跡、運命が存在する。

 その中の1つがこの『運命の赤い糸』だ。


 未だに謎の多いこの赤い糸……なんでこうなった。



「でだ、ようやくこの時が来たな、暁斗」

「うむうむ。もう逃がさないよぅ」



 うぐ……まあこうなるか。

 さて、どうやって上手く巻くか……。



「……俺の話をしてもいいけど、まずは2人の方を教えてくれよ。俺ばっかり言うのは卑怯だろ?」

「ん? 確かにそうだな」

「そうだねぃ。じゃあ教えてあげよっか」



 2人は同時に左手の甲を俺に向け。



「僕達」

「私達」

「「結婚します」」



 ………………………………………………。



「は!?」

「「うっそー☆」」



 イラッ☆


 龍也は人を食ったような笑みを浮かべ、惣菜パンにかぶりついた。



「もぐもぐ、ごくっ。なーに信じてんだよ。そんな偶然あるはずないだろ」

「っ……ま、まあ、そりゃそうか」



 あるんだよなぁ、そんな偶然……ますます言いづらい。



「因みに俺の運命の人はあっち。色はノーマルの赤色。身長は多分高いな。かなりの美人だ」

「私はあっちなー。因みに色は赤だぞぉ。身長はチビで、まあ私くらいかな」



 と、2人は丁度正反対の方向を指さした。

 はぁ……こいつらのことだから、一瞬本当かと思ったんだがな。何だかんだお似合いの2人だし。



「で、アッキーはどーなん?」

「俺らも教えたんだ。是非とも教えてくれ、な?」

「ぐぬ……い、言わなきゃダメか……?」

「もち」

「ろん」



 お前ら仲良すぎだろ。

 でもまあ……方向と色だけなら、教えてもいいか。容姿に関しては、多少嘘をついて──。



「真田」

「っ! ……久遠寺……」



 いつの間に俺の背後に立っていた久遠寺。

 腕を組み、見下ろすような格好で親指を廊下側に向けた。



「ツラ貸して」



 昭和のヤンキーかお前は。



「……悪い2人とも。ちょっと行ってくるわ」

「おーう」

「暁斗、あんま喧嘩すんなよー」



 しねーよ。……多分な。

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