第123話

   ◆



「ぁ……きと……?」

「ああ、俺だ。もう起きて平気なのか?」



 ずぶ濡れのままだが、ベッドのふちに腰を掛ける。

 もう梨蘭が濡れたまま寝てるし、今更だろう。


 梨蘭は合わせる顔がないというように、俺から顔を逸らした。

 まるで、嫌われるのを怖がっている子供みたいだ。


 そんな梨蘭の手を握り、そっと寄り添う。



「そんな顔しないでくれよ」

「だって……私の不注意で、暁斗からプレゼントされた大切なイヤリングを……」

「いや、俺の方こそ配慮が足りなかった。ネックレスやペンダントだったら、こういうことにはならなかったのに」

「そんなこと言わないでっ……!」



 声を荒らげた梨蘭は、布団を力強く握りしめる。

 ポロポロと流れ落ちる涙がベッドに吸われ、シミを作った。

 体が小刻みに震え、しゃっくりを上げながらも口を開く。



「ひぐっ……ら、らって……ほんとに、うれじぐで……わ、わたじを想ってぷれぜんどしでぐれだのにっ……ひっぐ。だがら、ぞんなっ、ごど……ううううぅぅ……!」

「……ごめん」



 泣きじゃくる梨蘭の頭をそっと撫でた。

 まさか、こんなに大切に思ってくれていたなんて……。



「あ。ち、ちがっ……! 暁斗を責めてるんじゃなくて……」

「わかってる。わかってるから、落ち着いて」



 俺の手を握ってすがってくる梨蘭。

 その目には、絶望と恐怖が入り交じっていた。



「あきと。ご、ごめっ、ごめん……ごめんなさいっ。あ、謝っても許してもらえないかもしれないけど……本当、ごめんなさいっ……!」

「待て待て、落ち着け」

「ほ、ほんと、何度も謝るからっ、き、きらわないで……! おねがいしますっ、お願いします……!」

「てぇい!!」



 脳天チョップくらえい! びしっ!



「ほにゅ!? な、何すんのよ!」



 お、いつもの梨蘭が戻って来た。

 チョップされた頭をさすり、むーっとした顔を向けてきた。


 そうそう、梨蘭はそういう顔が似合うよ。



「落ち着いたか?」

「まあ……うん。ちょっとは……」



 だけどまだ不安なのか、俺の手にすがって離さない。

 なんだかこうして見ると、捨てられないように必死な子犬みたいだ。



「まず聞いてほしいんだけど、この程度で梨蘭を嫌いになんてならないぞ。それは間違いない。誓って言うよ」

「……ほんと……?」

「ああ、本当だ」

「絶対?」

「絶対の絶対。本当の本当に本当だ」



 梨蘭の目を真っ直ぐ見つめて断言する。

 すると、徐々に梨蘭の体から力が抜け、目にも光が戻ってきた。


 本当、闇落ち寸前みたいな目でマジで怖かった。

 って、そうじゃなくて。梨蘭が正気に戻ったなら、話をしないと。



「実は、さっきまでイヤリング探してたんだ。みんなも手伝ってくれてさ」

「ぇ……そ、そうなの……?」

「ああ。それでだが……悪い。片方しか見つからなかった」



 海パンのポケットから、小さな赤いアネモネのガラス細工を取り出した。

 繊細な細工が、夕日に反射して輝いている。


 それを見た梨蘭は、目を大きく見開いた。



「え、でも……あ、あの海から、見つけたの……?」

「イルカが見つけてくれた」

「え!?」

「あ、ごめん今の嘘」

「…………」

「痛い痛い痛いっ。ごめっ、謝るから無言でつねらないでっ」



 膨らんだ頬は可愛いけど、ちょっとシャレにならないくらい強い力でつねられてるから。しかも脇腹っ。



「まあ、ちょっと波にさらわれてな。沖まで見つけにいった」

「沖って……こんなに広い海なのよ? そんな、無茶な……」

「頑張った」

「頑張ってどうにかなること……!?」

「まあまあ、そんなことどうでもいいじゃないか」

「どうでもよくない気がするけど」



 でも、本当にそう言う他ないんだよな。

 他は……運がよかった、とか?


 多分、俺と梨蘭が濃緋色の赤い糸で結ばれてることが関係してるんだと思う。


 なんとなく浅瀬になくて沖にあるって思ったし。

 なんとなくこの辺だろうなぁと思ったし。

 なんとなく岩場に引っかかってそうって思ったし。

 なんとなく潜って探したらあったし。


 ……うん、本当に運がよかった。それしか言えない。


 アネモネのイヤリングを渡すと、梨蘭は呆然とした顔でイヤリングと俺を交互に見た。



「本当はもう1つも見つけたかったんだけど、多分泳げる距離には無さそうでな……明日寧夏が船を出してくれるって言ってるから、そしたら探しに行ける。それまで……」

「いい」

「……いいって?」

「これだけで十分よ。本当に……ありがとう、暁斗」



 梨蘭は大切な宝物を扱うように、ぎゅっと胸元に抱き寄せた。

 嬉しそうに、でも少し悲し気に微笑む梨蘭は、夕日のせいかとても儚く見えた。



「もうみんなに迷惑を掛けられないもの。これだけでも見つけてくれただけで、本当に嬉しいわ。ありがとう、暁斗。大好きよ」

「ぅ……ぉ、ぉぅ……」



 そんなこと急に言われると、照れるんだけど。

 夕焼けの中微笑む梨蘭。その笑顔を直視できず、俺は目を逸らしたのだった。






「なーにが、頑張っただ。カッコつけやがって」

「2時間ぐらいずっと泳ぎ回って探してたもんねぃ。アッキーらしいと言えば、アッキーらしいけど」

「ふふ。でも、もう1つが見つからなくて残念ね」

「うム……しかシ、これだけ探してダメだったんダ。1つ見つけただけでも上々だろウ」


「「「「…………」」」」

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