第9話
琴乃を連れ、いつも家族で来ているファミレスに来た。
ショッピングモールの10階。レストランフロアにあるこのファミレスは安さが売りだから、若者向けの店だ。
店の窓側、4人がけの席に通される。
ガラスの半分は磨りガラスになってるから、外からは見えづらく中からは外が見えやすくなっている。
席に座ると、琴乃は嬉しそうにメニューを眺めた。
「うーん、お父さんからお金もらったし、ちょっといいもの頼んじゃおうかなぁ」
「じゃあ俺も……」
「ぶっぶー!」
と、琴乃が指でバツを作って呆れたような顔になった。
「お兄、今のはぶっぶーです」
「何が」
「そこは、「俺が出すから好きなの頼んでいいよ」が正解です。彼女にお金を出させるなんて以ての外です」
「そういうもんか?」
「そういうもんです」
ふーん、世の中の彼氏ってのは大変なんだなぁ。
「さあお兄、どうぞっ」
「……俺が出すから好きなの頼んでいいよ」
「わぁっ、ありがとう! でも悪いから、私もお金出すよ! 一緒に美味しいもの食べようねっ」
「出すんじゃねーか」
即座にツッコミを入れると、琴乃は人差し指を左右に振った。
「ちっちっち、わかってないなぁ。いい女って言うのは男に依存する女じゃないの。そんなのナンセンス。男を立てて、どんなときもそっと寄り添うのがいい女なんだよ」
琴乃ちゃん、そんな知識どこで手に入れたの。お兄ちゃん、あなたの将来が心配だわ。
はぁ……世のカップルってこんな事してんのか……俺、一生独り身でいいような気がしてきたぞ。
だけどまあ、注文するのは決まってるんだけどな。
「お兄、決めた?」
「ああ。いつもの」
「りょー」
呼び出しボタンを押して店員を呼ぶ。
「お待たせ致しましたー。ご注文をどうぞー」
「チーズインハンバーグを2つと、ライス2つ。1つは大盛りでください。あとフライドポテトとシーザーサラダ。ドリンクバーもお願いします」
淀みなく店員さんに伝える琴乃。いつもので伝わるあたり、さすが家族だよな。
「琴乃、オレンジジュースでいいか?」
「うん、ありあとー」
もう動くつもりはないらしい。スマホいじって気のない返事だ。
ま、いつものことだからいいけど。
氷は入れず、100パーセントオレンジジュースを2つ入れる。
氷は飲み物は冷たくするが薄くするからな。我が家では使うことは少ない。
「はいよ」
「あーい」
琴乃の前に1つ、俺の方に1つコップを置く。
ふぃ〜……なんだかんだ2時間歩きっぱなしだったから、疲れたなぁ。
ジュースを1口飲み、息を吐く。この甘さが堪らないぜ。
「ねえお兄」
「なんだぁ?」
「最近梨蘭たん元気?」
「あー……多分元気なんじゃないか。知らんけど」
階段の踊り場での1件以来、余り話してないけど。
まあ見てた感じ、普段と変わりないような気もする。
俺と目が合ったら咄嗟に目を逸らされるのは悲しいから、もっと俺の方を見て欲しいという気もなくは……って何考えてんだ俺。
だけど琴乃は俺の言葉に不服なようで。
「ダメだよお兄。女の子は繊細なんだから、もっと構ってあげなくちゃ」
「あいつが繊細なんてたまかね」
「特に梨蘭たんはね。私の見立てでは、梨蘭たんは相当お兄を意識してるはず。でも素直になれないってところかな」
んな馬鹿な。
……って言いたいところだけど、最近は赤い糸の影響か、少しは俺を意識はしてるみたいだ。
でも、繊細と言われたらなんか違う気がする。
「ツンデレだよツンデレ。お兄はわかってないなぁ」
その「やれやれだぜ」って顔やめろ。
ツンデレ……ツンデレねぇ。いや、あいつデレてないから、ただのツンツンじゃないか?
……今頃何してんのかな、あいつ。
って、いやいやいや。何休日まであいつのこと考えてんだ俺は。
「あ〜あ。やっぱりお兄の運命の人、梨蘭たんがいいなぁ」
「っ……な、何で」
「だって2人って、誰がどう見ても相性抜群だと思うんだよね。カップルっていうか夫婦って感じで」
どうして龍也も琴乃も、俺と久遠寺を夫婦にしたがるんだ。
俺とあいつが夫婦? ははは、んなわけ……んなわけ……。
『おかえりなさい、暁斗』
『お仕事お疲れ様。いつもありがとう』
『お風呂にする? ご飯にする? それとも……わ、た、し?♡』
「……いいな……」
「え。お兄がデレた」
「ッ! で、デレとらんわ……!」
くそっ、赤い糸が見えるようになってから、調子狂うな。
と、丁度注文した料理が運ばれてきた。
美味そうな匂いが鼻を掠め、ソースが鉄板で焼けるいい音が耳をくすぐり心地いい。
これこれ、ここに来たらこれを食わなきゃ。
「じゃ、食うか。いただきます」
「いっただっきまーす♪ ……あっ、梨蘭たん」
「あー……あ? うおっ!?」
く、久遠寺!? なんでここに……!
窓ガラスの向こう側に佇む久遠寺は……俺ではなく、琴乃を見てものっっっすごい形相になっていた。
鬼……いや悪魔? 般若? とにかくすごい。というか怖い。
な、何をそんなに怒ってるのん……?
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