第32話
◆
1時間目の授業が終わり、結局久遠寺は体調不良で早退することに。
あれだけ顔も赤かったし、薬飲んでても辛いもんは辛いか。
それなのに学校に来るのは……律儀と言うか、真面目というか。
辛かったら休めばいいのに。何だかな。
2時間目の授業は三千院先生の授業だ。
だけど三千院先生は久遠寺を家に連れ帰ってるから、今は自習中。
勉強してる奴はほとんどおらず、近くの友達と話しているだけだ。
そのことも重なり、久遠寺のことばかり気になって集中できない。
……とりあえず、メッセージだけ送っておくか。
暁斗:大丈夫か?
あ、即既読ついた。
梨蘭:大丈夫。迷惑かけてごめん
暁斗:気にすんな
梨蘭:今度お礼するから
暁斗:いらねーよ。今は治すことだけ考えろ
梨蘭:ごめん
んー……やっぱり体調不良が原因なのか、調子悪そうだな。メッセージにも覇気を感じられない。
梨蘭:というか、今授業中よ?
梨蘭:ちゃんと授業は受けなさい
オカンか。
暁斗:今自習中
梨蘭:三千院先生、隣にいるんだけどなぁ
暁斗:おのれ、チクる気か
梨蘭:チクられたくなかったら真面目に勉強しなさい
暁斗:わかったよ
暁斗:(犬しょんぼりスタンプ)
梨蘭:(犬を撫でるスタンプ)
…………。
どうしよう、この何気ないやり取りめっちゃニヤける。
「へいへい。暁斗、何コソコソしてんだ」
「べ、別にいいだろ」
「わかった、久遠寺だろ」
何でそんなに目敏いんだこいつ。
だがここで狼狽える俺ではない。こいつらの茶化しは織り込み済みだ。
「違う、妹だ」
「あー琴乃ちゃん。元気でやってんの?」
よし、上手く回避できたぞ。
「元気すぎてそろそろ大人しくして欲しいまである。あいつ、あのまんまのテンションでお婆ちゃんになりそう」
「それもう妖怪じゃねえか」
あのままお婆ちゃんになって、あのテンションで絡まれたら疲弊するわ。
「あの子、今年15だろ? 来年には『運命の赤い糸』が見えるんだし、そうなったら兄離れするんじゃないか?」
「は? 俺の天使に運命の人なんているはずないだろ。何言ってんの?」
「お前が何言ってんの?」
あー、今まで考えないようにして来たことを突き付けられた……。
でもそうだよなぁ。琴乃だって成長するんだもんなぁ。
龍也はやれやれと言った感じでため息をついた。
「お前な、今はあの子もお兄ちゃん大好きっ子だけど、いつ『お兄ちゃんなんか大っ嫌い!』って言うかわからないんだぞ」
「琴乃はそんなことは言わない……!」
「人は成長しないと思ってんのか?」
「ぐっ……」
さっきから痛いところを突いてきやがる。
「あの子もブラコンを拗らせ気味だけど、お前もそろそろ妹離れを考えとけよ」
「ぐぬぅ……!」
だって琴乃可愛いじゃん。身内の贔屓目に見てもマジで美人だし。
そんな妹が、俺を頼ってくれてるんだぞ。突っぱねることなんてできないし、嫌うなんて以ての外だ。
かと言って今更接し方をどう変えればいいのかなんてわからんし。
……何で久遠寺だけじゃなくて、琴乃のことまで心配せにゃならんのだ、俺は。
「あー暇。暇だよ暁斗。構え」
「子供か」
「暇なんだよぅ〜」
「椅子を揺らすな馬鹿」
ちょ、力無駄に強い……! ったくこいつは……。
諦めて振り返ると、人懐っこい笑みで笑った。殴りたい、この笑顔。
「よしよし。なら世界平和について語るか。まずは非暴力不服従から……」
「パス。興味ない」
「龍也てめぇ1回ガンジーから助走つけてぶん殴られろ」
ま、俺も今のはノリで言っただけだが。
龍也は何かを思い付いたのか、「あ」と声を上げた。
「今日の放課後さ、駅前の新しく出来たクレープ屋行こうぜ。ネイも誘ってさ」
「ああ、あれか。確か、ウルトラジャンボシリーズが食えるっていう」
普通のサイズの3倍のクレープが売りの、ウルトラジャンボシリーズ。持ち帰り不可で、店内のみで食えるらしい。
テレビでも紹介されてたし、寧夏も喜びそうだな。
「いいぞ。その代わりお前の奢りな。俺バイトしてないし」
「暁斗もバイトすりゃいいのに」
「無理。トレーニングで忙しい」
「……そういや、何でそんなにキックボクシングに熱中してんだ? プロにでもなるのか?」
「その予定はない。趣味だ」
「単なる趣味でそこまでガチになれるなんて、よっぽど好きなんだな」
好き……とも違う。
別にキックボクシングを始めたのは偶然だ。
ただ続けてるのは、幼稚園の時に憧れた近所のお姉さんの影響が大きい。
その人が、道でヤンキーに絡まれていた女の子を拳ひとつで助けたんだ。それは今でも覚えてる。
長いブロンドヘアー。
快活な笑顔。
そしてカッコイイ後ろ姿。
その人が、俺に向かって何か言ってたけど……何だっけ。そこまで覚えてはない。
だけどその人が頭の片隅にチラつき、今でも俺は強くなるために鍛えてる。
なんてことを話すと。
「厨二乙」
「しばいたろか」
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