第160話

   ◆



「さ、できたわよ!」

「お……おぉっ!」



 これが、梨蘭の手料理……!


 香ばしい匂いのするから揚げ。添えられたパセリとレモン。

 色鮮やかなポテトサラダに、レタスとミニトマトの生野菜サラダ。

 それに茶碗に盛られた艶やかなライス。


 さっきから腹の虫が食わせろとうるさい。

 食欲という本能が刺激される、いい組み合わせだ……!



「脂っこいものだけど、大丈夫? 暁斗、食事制限とか……」

「いや、大丈夫だ。明日はリーザさんの所に行くし、運動して消費すれば問題ない」



 そんなことより、今は腹が減って仕方ない。

 席に座り、梨蘭は対面に座る。

 そして示し合わせたかのように同時に手を合わせ。



「「いただきます」」



 さて、まずはどれから食べようか。

 やっぱり肉か、肉だな、肉しかないな!


 いい感じに衣の付いたから揚げを取り、口の中に放り込む。


 直後、閉じ込められた肉汁と出汁のうまみが口いっぱいに広がった。

 熱い。できたてだから、口内が火傷するくらい熱い。

 けど、そんなこと気にならないほどジューシーで、うまい。

 こんなに柔らかいから揚げを食べたのは初めてかも……!


 から揚げが口の中に残っている状態で、ライスをかき込む。

 ライスとから揚げのうまみが調和し、更に食欲を増進させた。

 控えめに言って最高。大袈裟に言えば悪魔的所業。端的に言えば。



「んっっっっっっまぁ……!」

「ほ……よかったわ、口に合って」

「や、マジでうまいよ、これ。梨蘭がこんなに料理ができるって思わなかった」

「ふふふ。今日のために練習し……いやなんでもないわ」



 ……練習? 今、練習って言ったか?



「もしかして、同棲を始めるから料理を勉強し始めた……とか?」

「う……そ、そうよっ、悪い? 私だってこんなに早く一緒に住むことになるって思わなかったから、練習してなかったというか……だから急いで料理教室に行ったりしたのよ」



 待て。俺らが同棲することが決まったのって、一週間前だよな?

 それなのに、たった一週間練習しただけでこんなうまい飯を作るって……。



「天才か、お前」

「そ、そんなに褒めても何も出ないわよっ! ……食後にプリンがあるから、食べましょうね」

「出たじゃん、プリン」

「暁斗がいじめる……」

「いじめとらんわ」



 ぷくーっと頬を膨らませる梨蘭。

 うん、可愛い。これだけで白飯三杯余裕。


 から揚げを頬張り、改めて今日のメニューを見る。

 正直、俺もそんなに料理はしないからわからないが……から揚げもポテトサラダも、手間が掛かりそうな料理だ。


 ポテトサラダとか、惣菜で済ませてもいいと思うんだけど……梨蘭のことだから、これからも買ってこないで律儀に全部手作りしそうだ。



「なあ梨蘭。もし料理が大変なら、惣菜とかで時短してもいいんだからな?」

「私もそう思ったんだけど、やっぱり手作りの方が愛情こもってるじゃない。暁斗には手作りを食べさせてあげたいのよ」



 ほらな。こういうと譲らない奴なんだよ、こいつは。


 俺は別に惣菜でも気にならないし、梨蘭の負担が減るならそれでいいと思ってる。

 ……これは、俺も本格的に料理の勉強しなきゃなぁ。


 …………。



「ん? 愛情?」

「あ」



 無意識のうちに言ったのか、全く気付いてなかったみたいで。

 俺の言葉で口を滑らせたことに気付いたのか、一瞬で顔を真っ赤にした。



「あっ。ち、ちがっ、違うから! あ、愛情とかそんな不確かなものを込めてるとか……そんなことないから!」

「うんうん。そうだよな、違うよな(にこにこ)」

「に、にこにこすんな。ふんっ!」



 いやあ、こんなツンデレっぽい反応も久々に見て嬉しさ半分、懐かしさ半分でつい。



「ま、手作りとかは置いといて、きつかったり大変だったりしたら、惣菜でもいいからな。俺も料理覚えて、できるだけサポートするし」

「……サラダチキンじゃないわよね?」

「ああ。鶏モモ肉のグリルカラカラ焼きもできる」

「何それ?」

「グリルを使って、鶏モモ肉が干からびるまで焼きまくる」

「却下」

「なんで!?」

「むしろどうしてその案が通ると思ったの!?」



 えぇ、美味いのに、グリルカラカラ焼き。



「あとできるものと言ったら、カレーくらいだぞ」

「まあ、カレーなら煮込むだけだからね。なんでアンタはそんな極端なのよ」

「父さんも母さんも忙しい時は、カレーで流し込むって感じだったから。カレーって栄養価高いしさ」

「何そのカレーは飲み物を体現してる家庭」



 めっちゃ呆れられた。解せぬ。



「ま、安心しなさいよ。料理覚えてから、料理の楽しみもわかってきたし」

「……梨蘭がそう言うなら、俺もしつこくは言わないけどさ」



 でも、梨蘭だけに任せるのも男が廃るというか。

 なんかモヤモヤする。

 なら俺は、料理以外のところで活躍するしかない。


 俺だって家事ができるんだってところを、梨蘭に見せてやろうじゃないか。

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