第41話

   ◆



 結局、あんなことがあったのにも関わらず、放課後になるまで俺と梨蘭は会話をしなかった。

 いや、特に避けているとか、話したくないとかそういう訳ではない。

 単純に、側にいるだけで幸せを感じていたから、話し掛けるタイミングがなかっただけだ。


 ……うん、ごめん嘘です。ちょっと日和った。

 だってあんなことがあったんだぞ。話し掛けるどころか、まともに顔を合わせるのも恥ずかしいに決まってるだろ。

 もしこれで恥ずかしくない奴がいたら、そいつは相当女慣れしてるか遊んでやがると言っても過言ではない。

 ……いや、過言か。


 帰りの支度をしつつ、離れた場所で竜宮院と話している梨蘭を見る。

 ……楽しそうに話してるな。全くいつも通りの笑顔だ。

 うん、いつも通り……え、気にしてるの俺だけ? あいつ、こういうの意外と慣れてるのか?

 そうだとしたら、ちょっと悲しい……。



「なーに落ち込んでんだよぅ、アッキー」

「わっと。おー、寧夏」



 持ち前の身体能力の高さで、俺の背中に飛び乗っていた寧夏。

 相変わらず軽いなぁ、こいつ。同い年とは思えない軽さだ。



「そうだぜ暁斗。しょんぼりしてる暇はねーぞ。なんて言っても今日は遊びに行くんだからよ!」

「待て龍也。そんなの俺一言も聞いてないんだが」

「今言ったからな!」



 この野郎。



「えー、いいっしょアッキー。遊ぼうぜぃ!」

「駅前の喫茶店でパフェ食おう! 俺腹減っちまったよ!」

「おー! リューヤ、ナイスアイデア!」

「「へーい!」」



 へーい、じゃねーよ。ハイタッチしてんじゃねーよ。

 あと寧夏、そろそろ降りろ。

 寧夏を無理やり背中から降し、帰りの支度を進める。



「ねー、アッキー」

「あーきーとー」

「……はぁ。そうだな。俺も今日は何も気にせず、好きに食っちまうか」



 梨蘭とのこともあったし、何より体育で動き過ぎてカロリーが足りん。

 現実逃避の為にも、甘いパフェは丁度いいだろう。



「お! あの暁斗がノリノリじゃん! いいね、そうじゃねーとな! そうと決まれば、早速駅前だ!」

「スーパーコスモ級ウルトラデラックスパフェ~」



 何それ復活の呪文? 聞くからに大食いファイターが挑みそうなメニューじゃん。

 毎度思うが、寧夏のこの体のどこにそんな体積のものが入るのか……質量保存の法則を無視してるとしか思えない。人体の七不思議だ。


 2人は待ちきれないのか、まとめた荷物を背負い「パ~フェ~パ~フェ~♪」と適当な歌を歌っている。本当に仲いいな、こいつら。



「暁斗、早く行こうぜ!」

「スーパーコスモ級ウルトラデラックスパフェが完売しちゃうよ! 食べられなかったらアッキーのせいだからね!」

「そんなもん完売するはずないから安心しろ」



 むしろそんなものを簡単に食い切るような人間がこの街にごろごろいたら、それはもう人外魔境と呼んでもいいレベル。


 帰りの支度が終わって鞄を背負うと、2人が嬉しそうに俺の背中を押した。



「って。押すな押すな」

「さすがアッキー、フリですねわかります!」

「ならもっとガンガン押してくぜぃ!」



 フリでもないし、ガンガン押さなくていい。

 だが、まあ……こうして放課後に2人と遊ぶのも久々だ。


 何だかんだ、やっぱり楽しみだな。



   ◆



「……何でお前らもここにいんの?」

「それ、こっちのセリフよ」



 駅前の喫茶店前。

 そこには、俺と龍也と寧夏。それ以外にもう2人いた。

 梨蘭と竜宮院だ。

 俺達とは別ルートで来たのか、喫茶店の前でばったりと出会った。



「リラ、リオ。ちすちすー」

「久遠寺と竜宮院も喫茶店か?」

「ええ。梨蘭ちゃんがいきなり喫茶店に行きたいって駄々こねてね。普段寄り道なんてもっての外って言ってたあの梨蘭ちゃんがねぇ……どういう風の吹き回しなのかしら」

「きょ、今日はたまたま、そういう気分だっただけ。全く、他意はないわ」



 とか言いつつ、ちょくちょく俺の方見てくるじゃんこの子。

 事情を知ってる竜宮院なんて、ずっとにやにやして俺達のこと見てるし。


 だが俺と梨蘭が『運命の赤い糸』で繋がっていることを知らない龍也と寧夏は、ここぞとばかりに楽しそうに顔を歪ませた。



「それなら、今日はこのメンツで遊ぼうぜ。なんだかんだ、久遠寺と竜宮院と一緒に遊んだことないしな」

「いいねそれ! アッキーもいいっしょ?」

「……まあ、人数多い方が楽しいことも多いしな。いいんじゃないか」



 何となく、梨蘭から目を逸らす。

 目の端に映った梨蘭は、どことなく嬉しそうに顔をほころばせた。



「な、ならそうさせてもらおうかしら。ね、璃音」

「そうね。私もみんなと遊んでみたいと思っていたし。よろしくね、真田君。寧夏ちゃん。倉敷君」

「へいへいへーい! よろしくな、2人共!」

「へいへいへーい! ほら、アッキーも」

「やらんぞ」

「「かーらーの~?」」

「いややらんわ」



 俺と『運命の赤い糸』で繋がれている梨蘭に、そのことを知っている竜宮院。

 どんなテンションで接したらいいのか、俺もわっかんないんだからよ。


 龍也と寧夏が先に喫茶店に入り、竜宮院がそれに続く。

 次に俺が入ろうとしたとき。くいっと袖が引っ張られた。


 振り返ると、梨蘭が恥ずかしそうにうつむいていた。



「……なんだよ」

「えっと……み、みんながいる前では、いつも通りでいいから。名前じゃなくて、苗字で呼んで」

「ああ、そういうことね」



 確かに、みんながいる前では名前呼びなんてできないか。



「……わかった。そうするか」

「ええ、よろしく。……暁斗」

「ちょっ」

「さ、入りましょう」



 逃げるように、そそくさと喫茶店に入る梨蘭。

 だから……ずるいんだって、あいつは……。

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