第40話

   ◆



 体育を終え、昼休み。

 いつもなら腹が減り過ぎて弁当のこと以外考えられないんだが……今の俺はそれどころじゃない。

 理由は言わずもがな。わかるだろ?


 久遠寺……梨蘭のことだ。


 いくら足を止めさせるためとは言え、勢いで名前で呼んでしまい。

 今後名前で呼ぶよう強要(?)された。

 いや、それはいい。女子を名前で呼ぶなんて、寧夏や琴乃で慣れている。……まあ、寧夏は男友達感覚。琴乃は妹だから、感覚は全く違うんだが。


 問題はそのあとだ。

 あいつ……梨蘭、俺のことを名前で呼ぶって……。



「ふん!」



 頭突きゴスッ!



「わっ!? ちょっとアッキー、いきなり奇行に走らないでよ」

「暁斗。最近のお前、おかしいぞ。マジで」

「うるへえ……」



 あんなことされて、ときめかない訳ないだろ。

 あのタオルで包まれた柔らかさとか、梨蘭の香りとか……それに、あの振り返ったときの笑顔。

 今まで見てきた何より、ときめいた。

 もう胸がいっぱいで飯も喉を通らない。それくらいの衝撃を今受けていた。


 因みに、梨蘭は今教室にいない。

 竜宮院と一緒に教室を出て行ったから、別の場所で一緒に食べているみたいだ。

 もしいたら、こんなこと絶対にしない。だから今だけは奇行も許してほしい。



「それにしても、2人共相変わらずだねぃ。周りを巻き込むノリと勢い。私じゃとても真似できないよ」

「俺達と言うより、主に龍也だけどな」

「俺のモットーは『楽しんだもん勝ち』だ。やるなら徹底的に、周りを巻き込んで楽しむ。何より、暁斗の派手プレイで試合を見てたみんなも楽しんでたろ? なら今回も勝ちだ」



 相変わらずだな、本当に。

 こいつは出会った頃からそうだった。自分が楽しみ、周りを楽しませる。その為ならどんなに道化になろうと構わないってスタンス。

 だから俺も、寧夏も、こいつとつるんでるんだよな。こいつと一緒にいた方が、何かと楽しいし。


 ……そういや聞き忘れてたけど、梨蘭もあの試合を見て楽しんでくれたのかな……。



「サ、ナ、たーん!」

「ぬお!?」



 突然、飛んでくるように近付いてきた土御門。

 その顔は、興奮からか朱色に染まっていた。



「サナたん、サナたん! ちょーすごかったよ! 見ててマジで感動した! やっぱサナたんかっくいー!」

「は、はは……サンキューな、土御門」

「むう。ひよりんでいいのにー」



 いや、本当なんでこいついつも通りなわけ? 普通気まずくならない?

 その後も、ぐいぐい来る土御門に終始圧倒されながら、なんとか弁当を食べ進めていくのであった。



   ◆梨蘭◆



「……にへ……ぬへへ……」

「……あの、梨蘭ちゃん?」

「えへ……ん? なぁに、璃音?」

「口元緩み切ってすごいことになってるわよ」



 おっと、いけないいけない。

 頬をむにむにし、口を真一文字に結ぶ。

 ……あ、緩む。緩んでしまう。


 ……ふひ。



「駄目だこりゃ」



 失礼な。

 でもしょうがないじゃない。あんな……あんな……。



「えへへ」

「いや、本当にどうしたのよ。いつもの梨蘭ちゃんらしくないわよ?」



 学校の中庭でお弁当を広げ、隣に座る璃音が心配そうに見てくる。

 ごめんね、璃音。でもあれは誰にも言わない。言いたくない。

 私と真田……私と暁斗だけの、秘密の会話。秘密のやり取り。秘密の約束。

 この秘密だけは誰にも……親友の璃音にも、話したくない。



「どうせ、真田君のことよね」

「そうそ……って、ええええええええ!?」



 ば、ばれた!? なんで!?

 璃音はそっと息を吐き、じとーっとした目で見てきた。ちょ、やめてよその目。怖いじゃない。



「ばればれよ。梨蘭ちゃんがあんなににやにやするの、最近では真田君のことを考えてるときだけじゃない」

「あう」



 本当にばればれだった。ぴえん。



「まあ、気持ちはわかるわ。今日の体育の真田君、かっこよかったものね」

「……え。あ、ああ。そうね、本当……」



 よ、よかった。ばれてない。そっちでニヤニヤしてると思われてるのね。

 璃音の言う通り、あのときの暁斗は本当にかっこよかった。いや、普段からめちゃめちゃかっこいいのよ? それは間違いないわ。

 でも……噂では聞いてたけど、あんなに活発に動き回る暁斗、初めて見た。

 あれだけでもときめくって言うのに……。



『梨蘭!』



 名前……名前で呼んでくれた……。



「うへへへへ」

「梨蘭ちゃんが狂った……」



 失礼な。

 だってずっと想い続けてきた人から、名前で呼ばれるのよ。名前で、しかも手をぎゅっと握って。

 これにテンション上がらずに、何にテンション上げるっていうのよ!


 同じ人を好きになったひよりには悪いけど……やっぱり、暁斗は誰にも渡せないわ。


 普段とは違うかっこいい暁斗が見れて、手を握ってくれて、名前で呼ばれる。

 はぁ……幸せ……。

 ……これだけで幸せを感じられる私って、安い女なのかしら……?


 ああ、暁斗……暁斗、暁斗、暁斗。


 ……また、お話したいなぁ。

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