第24話

   ◆



 人間、気を引き締めると言っても、そう簡単に覚悟まで決まるわけじゃなく。

 目の前の空席を見つめ、俺の思うことはただ1つ。


 そわそわ。そわそわ。そわそわ。



「なあ暁斗」

「……何だ?」



 久遠寺、遅いな。まだかな……いやまだ来ないで。いや、やっぱ早く……いや、うん、でも。


 そわそわそわそわ。そわそわそわそわ。



「暁斗、気持ち悪いぞ」

「素で気持ち悪いとかいうのやめろ。傷付くもんは傷付くんだぞ」

「いや、嫁が来てないからってそんなそわそわしてるとなぁ。後ろで見せられる俺の気持ちを考えろよ」

「だから嫁じゃねーって」



 将来的にはわからないけどな。


 だけど今は……久遠寺は、『運命の赤い糸』で繋がった運命の人だ。


 俺の気持ちはバレてないだろう。

 それにまだバラすつもりもない。


 土御門の一件で、俺は久遠寺のことを好きだと認識した。

 が、俺が一方的に好きでグイグイ行っても、久遠寺も困るだけだからな。

 まずはじっくり、じんわりだ。


 けど……やっぱりまだ来ないな。

 はぁ……会いたい。けど会いたくない。何このジレンマ。



「およよ。アンニュイなアッキー、珍しいねぃ」

「似合わねーよな」

「それなぁ(笑)」

「「いえーい」」

「テメェらはっ倒すぞ」



 さっきから好きかって言いやがって。てかハイタッチすんな。



「でもよー。やっぱおかしいぜ、最近の暁斗」

「いつもおかしいけど、ここんところ特になー。やっぱお嫁ちゃんの姿が見えないと心配なんだねぇ」

「……そんなんじゃねえよ」



 心配はしていない。

 けど、ここ最近来るのがずっと遅いのは気になってる。

 まるで、俺を避けてるみたいだ。


 ……俺の気持ちがバレてるってことはないよな……。

 まさか土御門が腹いせに……とか?

 ……いやいや、土御門がそんなことをするはずない。あいつはそんな奴じゃないし。

 でも、念の為……。


 黒瀬谷達と話している土御門の元に向かうと、俺に気づき華々しい笑みを浮かべた。

 悪いことはしてない……のに、ちょっと罪悪感。



「サナたん、おっはー!」

「あ、ああ。おはよう。土御門、ちょっといいか?」

「およ? サナたんからのラブコール!? 私の横はいつでも空いてるよん♪」

「違うわい」



 昨日のことを一切感じさせない、いつものハイテンションっぷり。

 まるで昨日のことがなかったみたいだ。


 土御門を連れて廊下に出る。

 因みについてこようとした龍也と寧夏にはデコピンをくらわせといた。



「どったのサナたん?」

「あー……いや、その……き、昨日のことって、誰かに話したりとかしたのかなって……」

「なははー! 話すわけないよっ。話しても誰も得しないしねー。むしろ、ひよりが『ヤバい奴』ってことで嫌われちゃうよ」



 ……多分、嘘はついてないな。

 だが……なるほど確かに。

 自分にも相手にも運命の人がいるのに相手に手を出すなんて、この世の中では『ヤバい奴』とされる。


 友達なんかにも嫌われるし、下手すると学校に居場所すらなくなる。



「本当、安心して。ひよりは2人の仲を応援するって決めたのです。だから心配ご無用なのだっ」



 ウィンク横目ピース。

 だがその目は、よく見ると少し腫れて、赤くなっていた。

 その理由はわからない。俺のことでなのかもしれないし、別のことなのかもしれない。


 それでも、そのことを微塵も感じさせず気丈に、いつも通りに振る舞う土御門。

 強く、優しく、可愛い。

 もし『運命の赤い糸』がなければ、俺はこいつを……。


 ……たらればを言っても仕方ない、か。



「わかった。ありがとう、スッキリしたよ」

「いやいやー。じゃ、教室戻ろっか♪」



 …………。



「……なあ、土御門」

「およ?」






「……お前って、いい女だよな」






「────」



 ……あれ、土御門? ……なんで黙るんだよ。



「……サナたん」

「ん?」

「ばーか」

「え、突然の罵倒?」

「ばーかばーかばーか」

「連呼しないで」



 土御門は教室に入ろうと扉に手をかけ……少しだけ振り向くと。



「ばーか。べっ」



 いたずらっ子のように舌を出し、教室の中に入っていった。

 ……なんでそんなに罵倒されなきゃならんの、俺。



「……あら? 真田くん、どうしました?」

「……え? ……ああ、三千院先生。おはようございます」



 いつの間に目の前に。



「おはようございます。もうホームルームが始まりますよ。……ああ、そうだ。真田くんって久遠寺さんと仲がよかったですよね」

「よくありません」

「今更何を言ってるんですか……」



 三千院先生はやれやれと首を振る。

 そんな呆れられたような目で見られても。



「と、ところで、久遠寺がなにか?」

「ああ、そうでした。久遠寺さん、今日風邪で休むそうなんですよ」

「……え?」

「なので放課後、仲のいいあなたがプリントやその他資料を持って行ってあげてください」

「…………え?」

「念の為、竜宮院さんにもお願いするので、安心してください。それでは入りますよ」



 久遠寺、風邪、休み。

 プリント、俺、届ける。

 家、お邪魔する。


 …………………………………………。



「え?」

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