第197話

「後はそうねぇ。琴乃ちゃんと乃亜ちゃんと一緒に、花火大会に行ったわ」

「ん? そこは梨蘭と2人きりじゃなくてか?」

「乃亜ちゃんがどうしても行きたいって聞かなくてね。暁斗は優しいから断りきれなかったのよ」

「うーわ、想像できる」


 だからそんなジト目で見ないで、泣いちゃう。

 にしても、恋人との初の夏祭りデートなのに、後輩と挟まれて優柔不断って……俺だいぶクズだな。申し開きようもないわ。


 確かに、琴乃と乃亜と一緒に花火大会に行くのは恒例になってる。

 押すに押されて、断れなかったんだなぁ、俺……。



「それでどうなったんだ? 無事終わったのか?」

「無事……まあ、無事といえば無事……かしら」

「なんだ、その奥歯に物が挟まったような言い回しは?」

「……色々あって姐さんって呼ばれることになったわ」

「色々ありすぎじゃね?」



 そこ結構重要な所だと思うんだけど。

 何がどうして、梨蘭を姐さんなんて言うようになったんだよ?



「ま、まあまあ。ここはいいじゃない。ちょっと私としても小っ恥ずかしい思い出というか……ね?」

「梨蘭が言いたくないならそれでいいけど……」

「き、記憶が戻ったら、きっと思い出すわよ」

「……それもそうだな」



 記憶かぁ……いつ戻るんだろうなぁ。



「ま、2人と一緒に行くことを許可した代わりに、ご褒美貰ったんだけどね」

「ご褒美?」

「ウェディング体験よ」



 ……は? ウェディング体験?


 梨蘭がスマホを操作し、「これよ」と画面を見せてきた。

 そこには、純白のドレスに身を包んだ梨蘭と、タキシードを着ている俺が見つめあっている写真が映されていた。



「お……おぉっ。すげぇ、本当の結婚式に見える……!」

「でしょ? 寧夏の家とプロモーション会社がコラボしてね。そのウェディング体験に、優先的に予約してもらえたの」



 そういや、俺らって将来的にジュウモンジグループにお世話になるんだっけ。


 多分そういう兼ね合いもあって、予約取ってくれたんだろうな。ありがたや。



「この写真、企業の公式アカウントのPRに使われててね。今でもまだ私たちがモデルとして起用されてるの」



 と、今度は企業のアカウントを見せてきた。

 確かにさっきの写真が使われてる。

 とんでもないバズり方してんな……海外の人からもコメントが来てるし、とんでもないぞこれは。



「因みに、もうそろそろモデル料が入ってくる予定よ」

「マジ? いくら?」

「ごにょごにょ……」

「ぶっ!?」



 ちょっ、それは気前よすぎじゃないですか寧夏パパ!?

 さすがすぎる、ジュウモンジグループ……。


 その後、梨蘭に色々と写真を見せてもらう。

 梨蘭のソロ。

 俺のソロ。

 俺と腕を組んで、幸せそうにしている写真。

 そして、キスの写真。


 …………。



「んっ!?」

「ああ、これ? よく撮れてるでしょ」

「いや、これ、えっ……!?」

「何驚いてるのよ、キスくらいで」



 驚くわ。

 確かに俺らは付き合ってるし婚約はしてる。だからキスの1つや2つはしているだろう。

 でも、いきなりこんなシーンを見せられたら、そりゃあ驚くに──



「……あれ?」

「どうしたの?」

「いや……雨の日でキスって、何か大切なことがあった気がするんだけど」



 多分、これもこの半年間の記憶なんだろう。

 俺と梨蘭にとって重要というか、大切というか。


 首を傾げる。

 梨蘭は思うところがあったのか、ギュンッと顔を真っ赤にした。

 顔だけじゃない。耳も、首も、なんなら肩やデコルテまで真っ赤だ。



「あ、ぅ……そ、それはぁ……」

「思い当たる節があるのか?」

「ふ、節というか、それしかないというか……むしろあんな大切なこと、なんで忘れんのよ、ばか!」

「それは仕方なくね?」



 この半年間で起きたことなら、忘れててしょうがないでしょ。


 相当恥ずかしい思い出なのか、それとも忘れたことに怒ってるのか、真っ赤な顔で唸り声を上げる。


 そんなに睨まなくても……。

 梨蘭は深々とため息をつくと、雨空を見上げた。



「そういえば、あの日も雨だったわ。少なくとも、私にとっては1番の思い出ね」

「そうなのか……?」

「ええ。むしろ最初にこの思い出を話すべきだったわ」



 そ、そんな思い出が……?

 一体どんな思い出なんだろう。

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