第217話

「悪霊のコスプレかぁ。どうしようかしらね」



 放課後、家の中を手分けして掃除していると、梨蘭がふと思い出したかのように呟いた。



「コスプレってよくわからないんだけど、どうするのがいいの?」

「俺も詳しくはないが、多分悪霊になり切ればいいんじゃないか? ゾンビとか、幽霊とか」

「ふーん……どうすればいいのか、悩むわね」



 確かに。コスプレといっても、似合わなかったり露出が多かったりするのはダメだ。

 となると、かなり限られてくるが……。


 チラッと梨蘭を見る。

 この抜群のスタイルを活かす悪霊のコスプレ……あ。



「ならさ、ゾンビはどうだ?」

「ゾンビ?」

「ゾンビメイクとかもあるし、梨蘭なら似合うかと思って」

「は? 喧嘩売ってる?」



 しまった。ゾンビが似合うとか何言ってんだ俺は。



「違う違う。ゾンビメイクにして、装いを変えるんだ」

「……どういうこと?」

「ナースゾンビとか、婦警ゾンビとか、チャイナドレスゾンビとか」

「変態」



 端的なディスに全俺が泣いた。

 そんな軽蔑の眼差しで見なくても。


 でもなぁ、似合うとか思うんだよなぁ。特に気の強さを活かした婦警とか。

 あ、でもナース梨蘭に「運動したら、めっ」て言われながら看病されたい。むしろされたい。


 うーん、素晴らしい。我ながらいいアイディアだ。是非とも推奨したい。


 そんな想像(妄想じゃないよ)をしつつ、ハンディーモップでリビングの床を磨く。

 と、梨蘭がチラチラとこっちを見ているのに気づいた。



「どうしたんだ?」

「んぇっ!? な、何が?」

「いや、俺のこと見てたろ」

「みみみ見てませんけどぉ?」



 思い切りどもってんじゃん。思い切り目逸らしてんじゃん。

 下手くそな口笛を吹いて誤魔化そうとする梨蘭。

 誤魔化されんが……まあ、別にいいか。


 改めてハンディーモップで床を拭く。

 ぴかぴか〜、ぴかぴか〜♪



「そ、そういえば暁斗。暁斗って漫画とかライトノベルとか好きなのよね? だからそういったコスプレとかも好きなの?」

「んー。いや、嫌いではないけど好きでもないな」

「そうなの?」

「ああ。コスプレイヤーさんは自信を持ってやっている。それは素晴らしく賞賛されるべきことであり、尊いものだ。──が、俺はそれよりコスプレをしたくない女の子が罰ゲーム等で無理やり着せられて恥ずかしがっているところが好きであり、決してコスプレ全般が好きという訳では無い。つまり嫌いではないけど好きでもない」

「変態! 変態!! 変態!!!」



 めっちゃ罵倒されました。しかも『運命の赤い糸』が見える前よりも冷たい目で。


 おかしい。俺は聞かれたから答えただけなのに。解せぬ。



「ま、全く。暁斗、変態すぎっ」

「そんなことはないぞ。至って一般性癖だ」

「知りたくなかった、そんな世界」

「よかったな。また1つ知識が増えて」

「知りたくなかったっつってんでしょ!」

「ソーリー」



 手を上げて謝罪すると、梨蘭はぷりぷり怒りながら皿を食器棚にしまった。


 ふむ、ダメか。こういった梨蘭がナース服とか着ると、個人的にはグッとくるんだが……ま、梨蘭がコスプレとかやるわけないか。



「ところで、暁斗はどんなコスプレするの?」

「狼男」

「……え?」

「だから狼男。もう買ってあるぞ」



 リビングの隅に置いてある紙袋を指さす。

 フサフサの尻尾が紙袋からはみ出していた。



「完全な狼男は無理だから、犬耳と尻尾、あとはもふもふ手足だけだけどな。龍也と寧夏と一緒に買いに行ったんだ」

「ふ、ふぅーん……」

「龍也はフランケンシュタインの怪物。寧夏はキョンシーだってさ」

「へ、へぇ。そ、そう……」



 チラッチラッ、チラッ。チラチラチラッ。

 いやチラ見し過ぎだ。



「言っておくが、銀杏祭まで見せないからな。お楽しみだ」

「えぇーっ! ケチ!」

「梨蘭がナースゾンビを見せてくれるなら見せてやってもいいけど」

「やっぱり無理言っちゃいけないわよね! 相手の意思も尊重しないと!」



 手の平くるっくるじゃん。

 でも嫌いじゃない、そのくるくる感。



「まあ冗談はこのくらいにして。梨蘭もちゃんと決めとけよ。もしあれなら、璃音やひよりに相談してもいいし」

「あ、寧夏は候補に入ってないのね」

「弄ばれるぞ」

「目に見えるわ」



『くけけけけっ! 包帯でエロミイラにしてやるぜぃ! くけけけけけけ!』



 うん、絶対こんなことになる。ダメ。



「ま、楽しみにしてるよ」

「ええ。やるからには全力でやるわ!」



 胸の前で握り拳を作り、ふんすっと気合を入れる。

 そんな気合いいれなくてもいいのに……相変わらず律儀だ。

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