第48話

   ◆梨蘭◆



 またやってしまった。ずーん。

 部屋の隅で三角座り。もう何度こうしたかわからない。


 本当は暁斗にこんな態度、取りたくない。

 素直になれたら楽なのに……何でか、暁斗の前になると素直になれない。


 体育館横のあの時は、勢いで名前呼びまで漕ぎ着けたけど。

 直接触れると緊張するし。

 目を合わせようとしても慌てちゃうし。

 最近では傍にいるだけで【好き】が抑えられない。


 それが拍車をかけて、もっと素直になれなくなってしまう。イタチごっこだ。


 それに比べて、ひよりや安楽寺さんはどうだろう。

 臆面もなく、暁斗に対してラブアピールしている。


 あんな素直な2人が本当に羨ましい。

 自分と2人の違いに、また気持ちが沈む。


 ふと、左手の赤い糸に目をやる。

 真っ直ぐと伸び、窓ガラスを突き抜け、更に伸びていく。


 窓を開けてその先を見ると、1つの家に向かって伸びていた。

 私の住むこの家は、パパとママのおかけで一般的な住宅より少し大きい。だから住宅街でも、結構な範囲を見渡せる。


 そして、あそこが暁斗の家だ。確認したから、間違いない。


 でも暁斗の部屋には窓が別の方に付いてるから、あっちからは私の方は見えない。

 ここは私だけが知る、私だけの特等席だ。


 ベランダの縁に肘をついて、暁斗の家を見つめた。


 暁斗と私は『運命の赤い糸』で繋がっている。

 好きな人と繋がっている……これがどれだけ幸せなことか。


 ひよりにも、安楽寺さんにも悪いけど……この場所は絶対に譲らない。譲るつもりはない。


 それに、もう暁斗が私のことを好きっていうのもわかってる。

 本当に嬉しい。天に昇る気持ちだ。

 私も好きって今すぐに言いたいけど……やっぱり恥ずかしすぎて素直になれない。


 自分のこの性格が嫌になる。


 そうこうして距離を測りかねてる時に現れた、安楽寺乃亜さん。


 あの子が腕に抱きついた時、暁斗の奴……振りほどかなかった。


 多分近さで言えば、ひよりよりも近い。

 琴乃ちゃんと同じ距離感、と言ったらいいんだろうか。


 近くに置いてあったお気に入りのわんこぬいぐるみを抱き締め、顔を埋める。



「……ばーか」



 私のことが好きなら、何であの子が抱き着いても平然としてるのよ。

 しかも……しかも! 家にまで行ってるって! 家でも抱きついてるって!


 どう考えてもあの子、暁斗のこと好きじゃない!

 しかも暁斗、気付いてないし!

 にぶちんオブにぶちん!



「はぁ……私って、子供ね……」



 心の底から好きだからこそ、他の誰とも仲良くして欲しくないという独占欲が心を蝕む。

 それを改めて実感すると、また心が沈んでいく。


 世界で数例しか確認されていない濃緋色の糸で繋がっていて、暁斗の気持ちを知りながらも……割り切れない。心に余裕を持てない。


 一緒にいると緊張でパニックになるし。

 一緒にいれないこの時間はとてつもなく寂しい。


 もしかして私、面倒な女なのかしら……?


 どうしよう、そう思うと不安になってきた。

 ひよりも言っていた。

 糸で繋がってるからって、必ずしも好きになるとは限らない、みたいなこと。


 ということは反対に、嫌いになる可能性もゼロじゃないんじゃ……?


 そう思った直後、私は何となく璃音に電話を掛けた。



『もしもし。梨蘭ちゃん、どうしたの?』

「ねえ、私ってもしかして、面倒な女?」

『と、唐突ね……落ち着いて話して。全部聞いてあげるから』



 うぅ。優しすぎる……私には勿体ないくらいの親友だ。


 私は少しずつ、自分の気持ちを吐露した。

 途中、自分でも何を言ってるのかわからなくなる。

 だけど璃音は、静かに相打ちを打つだけだった。


 そして最後まで言い終え、それを察した璃音の声がスマホ越しに聞こえた。



『別に普通じゃないかしら』

「そう、かな……」

『そうよ。好きで、大好きで、堪らないほど愛してる人が、他の子とイチャイチャする。そんなの見せられて達観してられるほど、私達も大人じゃないわ』



 そうやって客観的に見れる璃音は何なのだろう。

 私からしたら、同い歳なのに凄く大人に見える。



『別にいいじゃない、迷惑かけても。迷惑かけて、迷惑かけられて。笑って、泣いて、ケンカして、仲直りして……そうすることで人は真の意味で仲良くなるのよ』

「…………」

『……梨蘭ちゃん、聞いてる?』

「……璃音が段々と、愛の伝道師に見えてきたわ」

『ふふ。悪くないわね。と言っても、全部お母さんの受け売りだけど』

「何よそれ」



 ああ……話してちょっとスッキリした。


 その日は、明日が学校というのを忘れて夜遅くまで電話を続けたのだった。

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