第83話

「帰りてぇ」

「そうね」

「あばばばばばばばバ……!」

「本当にごめんなさい……」



 竜宮院家の応接室にて、座卓並んで座る梨蘭と俺。

 竜宮院とリーザさんは、下座に座っていた。


 俺達を呼び出した当の本人である竜宮院のお母さんは、まだ来ていない。何やら準備があるとか。


 準備……冷静に考えると、竜宮院の勘当に必要なものを揃えてるってこと、だよな。


 これはもう、諦めるしかないのか……。

 …………。


 ……いやいやいや。それで何で俺と梨蘭まで呼び出されてるんだ? おかしくない?


 竜宮院を勘当して、リーザさんの家にお世話になる。

 そういう話なら、リーザさんだけ呼べばいい。

 だけど俺と梨蘭も呼ばれた……どういうことだ?



「竜宮院。本当に聞かされてないのか? 俺達も呼ばれた理由」

「ええ……全く身に覚えがないわ」



 竜宮院も困惑しているのか、さっきから落ち着きがない。

 あれから何度も連絡しようとしても、既読すら付かないみたいだ。


 何を考えてるのか、全然わからん。



「あがががががガッ」

「リーザさん、うざい」

「ちょっ、少年! 少しは心配してくれてもいいだロ!?」

「大丈夫ッスよ。何かあってもリーザさんなら大丈夫」

「その根拠ハ?」

「…………」

「無言はやめテ!?」



 だって根拠なんてないもの。

 竜宮院の隣で震え、さめざめと泣くリーザさん。

 パッと見、どっちが勘当される立場なのかわかんねーな、これ。



「暁斗、どうなるのかしら……?」

「……わからない」



 これはもう、見守るしかないよな。


 そのまま待つことしばし。

 唐突に襖が開き、そこから2人の男女が入って来た。


 1人は竜宮院のお母さん。今日も和服を着ていて、ビシッと決まっている。


 もう1人は大柄な男性だ。龍也ほどではないが上背も高いし、筋肉質で全体的にがっしりしている。

 そして頭は見事なてかり。一瞬拝みたくなった。

 多分、この人が竜宮院のお父さんだな。


 2人が上座に座り、お父さんが口を開いた。



「皆さん、今日は急にお呼びだてしてしまい、申し訳ない」



 威厳のある低い声。

 高圧的ではないが、余りの威圧感に背筋を伸ばしてしまった。



「お父様、お母様。改めてご紹介致します。こちらが私の運命の人、エリザヴェータ・ジッソウジさんです」

「え、エリザヴェータ・ジッソウジでス……!」



 竜宮院は慣れているのか、平然とした顔で隣のリーザさんを紹介する。


 リーザさんは、気の毒になるほどガチガチだ。ちょっと可哀想。



「初めまして。璃音の父です」

「改めまして、璃音の母です。……リーザさん、今日はなぜ呼ばれたのか、わかりますか?」

「ッ……は、はイ」



 まるで射すくめるようなお母さんの視線。

 あのリーザさんもたじたじだ。



「……璃音さん、再度問います。リーザさんがあなたの運命の人……それで相違ないですね?」

「はい、間違いありません。……私は、彼女を愛しています」

「ヒュッ──!?」



 と、リーザさんの手を取る竜宮院。

 突然の不意打ちに、リーザさんから変な声(音? 空気?)が漏れた。

 つか顔面やばいことになってますよ、うちの師匠。所謂『見せられないよ!』状態。


 そんな2人を見るお母さんの目は、決して拒絶しているようなものではない。


 真剣に、真っ直ぐ、2人を見つめている。



「……なるほど、そうですか」

「うぅむ……」



 目を閉じ、思案するお母さんと、腕を組んで唸るお父さん。


 そのまま暫く悩み、お母さんが口を開いた。



「実はあれから、お父さんと色々と話し合いました。璃音さんのこれからのことを」

「……はい」

「その結果、璃音さんには2つの選択肢を与えることとしました」



 ……選択肢?


 お父さんが、テーブルの上に1枚の紙を置いた。

 そこに書かれていたのは──【絶縁状】。

 紛うことなき、最終勧告だ。



「1つ目の選択肢。璃音、お前を竜宮院家から絶縁とする。その際、お前に対する金銭的援助等は全てないものとする。世継ぎは、妹の瑠璃るりに任せる」



 金銭的援助。つまり、高校に通わせることも、大学に行かせることもない。

 親子の縁を切ることを、宣告されている。


 だけど、予想をしていた竜宮院は、平然とした顔をしていた。



「……もう1つは何でしょう」

「うむ……」



 ……? 何だ。何を言いづらそうにしてるんだ?



「あなた」

「……瑠宇るう、頼む」

「……全く。いざと言う時に頼りないんですから。シャンとしてください」

「すまん……」



 お母さんにピシッと言われ、落ち込むお父さん。意外と打たれ弱いのか。


 お母さんは軽く咳払いをすると、一瞬だけ俺に視線を向けた。

 が、直ぐに逸らされた。何だ?



「……2つ目の選択肢を言います。……璃音さん、あなたには精子提供を受けていただきます」



 ………………………………………………。


 ん????



「……せーし、てーきょー?」



 さすがの竜宮院も突飛つすぎる提案に、目を白黒させている。

 うん、そうだよね、俺もよくわからない。



「この場合、竜宮院家はあなたを絶縁しません。リーザさんと共に、幸せな人生を歩むことも可能です」

「ま、待って。ちょっと待ってお母様。私、今この瞬間だけ馬鹿になったみたい。全く話が頭に入ってこないわ」

「こちらの選択肢を選ぶ場合、また別の選択肢が発生します」

「おい聞け? 聞いてくださいませ?」



 あの竜宮院が困惑しっぱなしだ。

 リーザさんも白目剥いてるし、梨蘭も愕然としていた。



「精子提供を受ける場合、医療機関から提供を受ける。または、精子バンクから提供を受ける。最後に──個人から提供を受ける」



 あ。またこっち見た。

 ん? まさか、俺がここに呼ばれたのって……んん??



「私達は暫く席を外します。1時間後、答えを聞きに来ますので。それでは」

「え? え? え?」



 ……行っちまった……。

 あー……えっと……どうするよ、この空気。

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