第84話

 困惑に次ぐ困惑。そのせいで、応接室には微妙な空気が流れていた。


 未だに白目を剥いているリーザさん。

 目をぐるぐるさせている竜宮院。

 口をぱくぱくさせて何も言えないでいる梨蘭。

 唯一まともに思考ができるの、俺みたいです。


 とは言ったものの、こんな空気で第一声を発する勇気なんてない。無理。


 ひより。お前、親身になって相談に乗ってあげればいいって言ってたよな?

 ごめんなさい。こんな重すぎる相談だとは思ってなかったんだよ。何もできねーよ、俺。


 と、とにかく、1時間後に来るって言ってたし、話を進めないと。



「こほん。あー……話をまとめると、竜宮院には2つの選択肢がある。竜宮院家を勘当されるか、精子提供を受けるか。で、精子提供を受けた場合、医療機関から提供されるか……身近な人から提供されるか」



 その言葉に、全員の目がこっちを向いた。

 まあ、あの話の流れから考えると、俺がここに呼ばれた理由なんて、それ以外ないよなぁ……なんか頭痛くなってきた。


 こめかみを押さえてそっとため息をつく。

 と、梨蘭がそっと近づいて来て俺の制服の裾を握った。



「そ、それって……暁斗が、ってことよね……?」

「十中八九な」

「だっ、ダメ! そんなの絶対ダメ!」



 いや、ダメって言われてもな……ご両親からは選択肢があるって言われたけど、こんなの事実上の一択だろ。


 身内から祝われず、家族との縁を切って生きていくか。

 家族に祝福され、幸せいっぱいに生きていくか。


 そんなの、どっちかなんて考えるまでもない。



「梨蘭は、このまま竜宮院が絶縁されて、学校を辞めることになってもいいのか?」

「そ……れは……」



 竜宮院を見て、俺を見て、シュンと落ち込んでしまった。

 悪いな、梨蘭。でもこれはそういう話なんだ。

 竜宮院の親友である梨蘭なら、わかるだろう。


 落ち込む梨蘭に寄り添っていると、目に生気を取り戻した竜宮院が、そっと手を上げた。



「あの。私、別に学校を辞めても……」

「だ、ダメ! それもダメよ!」

「そうだナ……璃音さン。少なくとも高校は出ておくべきダ。大人になったらやり直せるとかではなイ。今あなたの年齢デ、今しかできないこともあル。高校は卒業した方がいイ」



 梨蘭と、意識を取り戻したリーザさんが反対する。

 俺もそう思う。今は通信制の高校があるとは言え、ここで簡単に辞めてしまうのは余りにも悲しすぎる。



「でも、せ、せ、せ……し……提供だなんて……」



 ちら、ちら。めっちゃ見てくるな。

 まあそうだよなぁ。いくら友達とは言え、俺から精子提供とか抵抗あるか。



「いや、俺からじゃなくても、医療機関で……」

「うぅん……でも知らない人のアレって、ちょっと……」



 竜宮院の呟きに、梨蘭とリーザさんは首を縦に振る。



「そうね。いくら何でも、知らない人のアレは……」

「あア。私も無理ダ。想像しただけで身の毛がよだツ」



 えぇ……それじゃあ、もう選択肢もクソもないじゃん。


 竜宮院は背筋を伸ばし、梨蘭を見つめる。



「梨蘭ちゃん、私は覚悟はできたわ。……どう、かしら?」

「え、えっと……えっと……!」



 顔を真っ赤に、目をぐるぐるさせて涙を溜めている。

 あ、ダメだ。こういう時のこいつ、ろくなこと言わない。それは、ファミレスで暴露した時に既に実証済みだ。



「梨蘭、落ち着け? な、まずは深呼きゅ――」






「暁斗の初めてを貰うのは私だし、最初に子供を授かるのも私なんだからぁ!!!!」






 …………やったよ、こいつ。やりやがった。顔熱いんだけど、俺。

 顔を覆う俺。爆笑するリーザさん。ぷるぷる震える竜宮院。

 梨蘭だけ意味がわかってないのか、首を傾げていた。



「な、何よ……?」

「梨蘭。人工授精で調べてみ」

「え? ……あ」



 スマホを片手に、ようやく勘違いに気付いたみたいだ。

 顔を真っ赤にして机に突っ伏した。



「ふフッ……しょ、少年。愛されているじゃないカ……ぷプッ」

「そ、そうね。凄く愛されてるわね……っ!」

「死にたい……」

「おいコラ。それはこっちのセリフだ」



 頼むから、もう少し冷静になって発言してほしい。切実に。

 俺と梨蘭が撃沈しているのを見かねてか、竜宮院が軽く咳払いをした。



「えっと……つまり梨蘭ちゃんは、自分が先に真田君との子を授かれたら、私もアレを提供してもいいと……そういうことでいいのかしら?」

「……そうね。もうそれでいいわ」



 おーい、梨蘭? 精神的に疲れたからって、随分と投げやりすぎません?



「真田君は、どう考えているの?」

「……まあ、俺も梨蘭の意見には賛成だ。……俺と梨蘭は、赤い糸で結ばれてる訳だからな」



 そっと、梨蘭の手を握る。

 梨蘭も一瞬驚いたように目を見開いたが、直ぐに手を握り返してきた。



「……ごめんなさい。……本当に、ありがとう」

「私からも礼を言わせてくレ。少年、リラン君。ありがとう」



 2人が頭を下げ、俺達も釣られて頭を下げた。

 なんか、まーた複雑な関係ができあがったなぁ……俺達、『運命の赤い糸』に翻弄されすぎだろ。

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