第139話

 昼食を取って移動した。

 目的の場所はどうやら、遊園地内の右端のエリアにあるらしい。


 煌びやかで豪華な建物や、絶叫ランドのマスコットキャラクター達が多数出現する、大人気エリアだ。


 子供の笑い声。

 幸せそうな笑顔を浮かべるカップル。

 楽しそうに遊ぶ友人グループ。


 絶叫ランドの大半は、叫ぶほどのアトラクションがメインだ。

 けどこのエリアは、そんなものとは無縁のほのぼのした場所である。


 こんな所に、目的の場所があるのか?



「梨蘭、いい加減教えてくれよ」

「だーめ。もうちょっとだから」



 さっきからこの調子で教えてくれない。

 まあ、梨蘭も楽しみにしてるみたいだし、いいんだけど。


 隣で鼻歌を歌っている梨蘭を横目に、園内を歩いていく。


 と、1つの建物の前で止まった。

 他の建物と比べても豪華さが抜きん出ている。まるで海外の屋敷のようだ。

 何かの施設みたいだけど、ここはいったい……?


 梨蘭の後に続き、建物に入る。

 外見も然ることながら、内装もとんでもなく凝っている。

 中世ヨーロッパか、異世界に迷い込んだみたいだ。


 入口正面にある受付に向かい、梨蘭が何やら手続きしている。



「すみません、予約していた久遠寺です」

「お待ちしておりました、久遠寺様。そちらの方が真田様ですか?」

「え、ええ。そうです」

「あらあら、まあまあ」



 えっ、何? なんでそんな微笑ましいものを見る目で見てくるの?



「では、直ぐに準備致しましょう。久遠寺様はこちらへ。真田様は、別の係の者がご案内致します」

「わかりました。それじゃ、暁斗。また後でね」

「お、おう?」



 梨蘭と別々の部屋に通され、言われるがままに何やら色々と着替えさせられ。

 豪華な椅子に座り、うっすら化粧をさせられ。

 髪の毛もワックスで整えられ。


 あれよあれよという間に、身なりを整えさせられた。


 最後の手直しということで、鏡の前で調整することしばし。

 あまりのスピードに圧倒されたけど、聞くなら今しかないかも。



「あの、聞いてもいいですか?」

「はい、何でしょう?」

「俺、全く何も聞かされずにここに来たんですけど、何をするんですか?」

「え? ……あぁ、なるほど。ふふ。どうやら彼女さんは、サプライズをしたかったみたいですね」



 え、サプライズ?



「実は今絶叫ランドでは、ジュウモンジグループとコラボ企画を行っているんです」



 ジュウモンジグループ……ジュウモンジ……十文寺……寧夏!?

 えっ、今絶叫ランドって、寧夏の家とコラボしてんの!?


 世界を股に掛ける十文寺家。まさかこんな所で名前を聞くとは思わなかった。



「ど、どんなコラボをしてるんですか?」

「そうですね。もうここまで来たのですし、いずれバレることですから」



 スタッフの女性は俺の首に巻いていたクロスを取り払うと、姿見へと誘導した。


 そこに姿を表したのは──白いタキシードをまとった俺だった。



「…………………………………………は?」



   ◆



「それではただ今より、ウェディング体験、、、、、、、、を執り行います。新郎、入場」



 ……なんだ、これは。

 突然のこと過ぎて意味がわからない。

 タキシード? ウェディング体験? 新郎? なにそれどゆこと?


 1人でバージンロードを歩きつつ、意味がわからず困惑なう。

 体験だから参列者こそいないが、それでも緊張するものは緊張する。


 混乱している思考をまとめられないまま、祭壇前に到着。



「続きまして。新婦、入場」



 しんぷ……シンプ……新婦……新婦!!


 混乱していた思考が吹き飛び、考えるより先に後ろを振り返った。


 ガコンッ──。


 重々しい音と共に扉が開かれる。


 ゆっくりと開く扉。

 その先から、バックライトで照らされた純白の花嫁が姿を現した。


 フリルがふんだんにあしらわれたAラインのドレス。

 手には純白の花で作られたブーケ。

 花嫁を邪悪なものから守るとされているウエディングベールとバックライトで顔はよく見えないが、耳には赤いアネモネのイヤリングが煌めいている。


 ゆっくりと、一人でバージンロードを歩く梨蘭花嫁


 一歩、また一歩と近づくにつれて、祭壇の光が梨蘭を照らし。

 ベールの奥にある、いつもと印象の違う梨蘭の顔が見えてきた。


 それは化粧のせいか。

 それとも、この非日常感がなせるものか。

 はたまたその両方なのかはわからない。


 いつもの勝気で、愛らしく、たまにいたずらしてくる無邪気な少女の姿はどこにもない。


 儚く、健気で、美しい。完璧な美女が、そこにいた。



「梨蘭……」

「えへへ。サプライズ……なんちゃって」



 ベールの奥で、恥ずかしそうに笑う。

 ああ、こりゃとんでもないサプライズだ。まさかこんな所で、梨蘭の花嫁姿が見られるなんて。



「寧夏にお願いして、ちょっと無理に予約を取ってもらったの」



 まあ、そうだろうな。

 こんな場所の予約なんて、少なくとも一か月前じゃないと予約できないだろう。

 寧夏様様って訳か。


 梨蘭と並び、祭壇前に立つ。


 ただのウェディング体験なのはわかっている。

 でも、こうしてタキシードを着て、隣にウェディングドレス姿の梨蘭がいると……これが本当の結婚式なんじゃないかと、錯覚してしまう。



「……なあ、梨蘭」

「何?」

「俺と結婚してくれ」

「……ぷ。今更何言ってんのよ。……はい、喜んで」



 梨蘭は幸せそうに微笑み、俺も釣られて笑った。


 梨蘭は自分のご褒美だって言っていた。けど……梨蘭の花嫁姿なんて、俺のご褒美でもある……よな。

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