第182話

 小さく嘆息し、待つことしばし。

 騎馬戦に出場する生徒を呼び出す放送が聞こえてきた。


 みんなと一緒に待機場所に移動すると、龍也が指の関節をバキバキ鳴らした。



「よっしゃあ! 気合入れて行くべ!」

「点数的に、ここで勝ちたいところではあるな」

「僕も頑張るよっ」



 騎馬役の3人が気合を入れている。

 実際に鉢巻を取るのは騎手の俺だ。みんなが気合入れてるのに、俺だけ斜に構える訳にはいかないか。



「よし。やるか」

「お、暁斗も気合十分だな! 一緒に愛すべき嫁にいいところ見せようぜ!」



 龍也が赤組の方を見る。

 応援席にいる梨蘭が、目を見開いて俺を見ている。

 俺が出るって唐突に決まったからなぁ。そりゃ驚くか。


 苦笑いを浮かべサムズアップする。

 梨蘭もなんとなく察したみたいで、手を振って来た。



「怪我だけはしないようにしないとなぁ」

「全力でフラグを立てに行く暁斗パイセン、マジリスペクトっす!」

「そんときゃ道連れな」

「HAHAHA! またまたご冗談を!」

「…………」

「あの、暁斗さん。無言で満面の笑みを向けられるとさすがに怖いんですが」

「…………」

「……すみません。真面目にやります」

「よろしい」



 実際問題として、騎馬戦で怪我とか洒落にならない。

 梨蘭を悲しませることになるし、みんなを心配させるからな。

 何事もないのが1番だ。



「じゃ、暁斗。これ」

「……何これ?」

「長ラン。大将はこれを着るのが伝統なんだとさ」



 こんなクソ暑い時にこんなもん着ろと?

 マジで熱中症で倒れても知らんぞ。


 まあ着ろと言われたら着るんだけどさ。長ラン、かっこいいし。


 人生初の長ランを着る。

 背中には青い刺繍で『青組大将』の文字と、長ランの裾には波の刺繍が施されている。

 因みに赤組は炎が刺繍されていて、白組は白い長ランだ。

 何これかっけぇ。どっかのヤンキー漫画に出てきそう。



「おっ、ぴったりだな!」

「ああ。動きづらさもないし、行けそうだ」



 肩を動かし、可動域を確認する。

 これなら龍也の作戦の支障にはならないな。

 ただめちゃめちゃ暑い。9月中旬とは言え、夏に着るもんじゃないだろ、こんなの。



「にゃあああ! サナたんかっこいー!」

「アッキー、こっち視線くださーい!」

「馬子にも衣裳ね。リーザさんに送るから、こっち向きなさい」



 あいつら、楽しんでやがるし。

 一応別チームなんだから、赤組も応援してやれよ。



「って、あれ? 梨蘭は……」

「ここよ」

「ん? うお!?」



 い、いきなり後ろから現れるな!



「ど、どうしたんだよ、梨蘭」

「……写真」

「え?」

「……一緒に写真、撮りたい」



 犬のスマホケースの付いたスマホを片手に、恥ずかしそうにする梨蘭。

 ……その為にここまで来たの? 可愛すぎないか、俺の嫁。



「お、おう。わかった。龍也、頼む」

「へいへい。なんだおめーら、ラブラブじゃんか」

「うっせ」



 梨蘭は龍也にスマホを渡すと、そっと俺の横に並んで腕を組んできた。



「いや、それは恥ずかしいんだが」

「な、何よ、いいじゃない別に」

「……好きにしろ」

「うん。好きにさせてもらうわ」



 ったく。体が熱い。これは気温だけのせいじゃないな、くそ。

 龍也がニヤニヤしながら数枚の写真を撮る。てか周りもニヤニヤしてる。お前ら見るんじゃねぇ。



「はいよ、久遠寺。ばっちりだぜ」

「ありがと、倉敷。……ふふ。やった♪」



 あーもう。そんな嬉しそうな顔すんなよ。怒るに怒れないだろ。

 惚れた弱みって本当にあるんだな。この笑顔を見せられたら、なんもできないわ。



「ふむ。久遠寺さんは満足したかな?」

「しました、もうハッピーです……」

「そうか。なら帰るぞ、馬鹿者」



 ひょい。

 いつの間にか近くにいた薬師寺先輩が、梨蘭の襟首を持って片手で持ち上げた。

 って、梨蘭を片手で持ち上げるって、どんだけ力強いんだよ。



「ややや、薬師寺先輩!? なんでここに……!」

「君達が人目もはばからずいちゃつき始めたから、連れ戻しにきただけだ。ほら、帰るぞ」

「あぅ。あ、暁斗、またね……!」



 まるで子猫が母猫に連れていかれるように、薬師寺先輩に連れていかれる梨蘭。

 あのまま持って帰るって、ヤバすぎだろ、薬師寺先輩。



「一説によると、ゴリラと人間のハーフらしいぞ、あの女帝」

「倉敷貴様、後で生徒会室で反省文30枚だ」

「ヒェッ」



 馬鹿かこいつ。

 と、各チームはスタートラインに移動するよう、放送が入った。


 各チーム20の騎馬を作り、総当たりで鉢巻を取り合う。

 最後に残った騎馬と取った鉢巻の数で、点数が決まるらしい。

 残れば残るほど点数は入るが、大将騎馬が倒されたら大きく減点される。だから俺は生き残るのが前提だ。



「じゃあみんな、よろしく」

「おうよ!」

「下は俺らに任せろ」

「真田君、上はよろしくね」



 3人が騎馬を作り、そこに俺が乗る。

 龍也の「せーのっ」の声で立ち上がると……うおっ、高いっ。他の騎馬と比べても、頭2つ分高い!


 周りからも、俺らの騎馬を見て歓声が上がると同時に、「ずりぃ!」やら「でかすぎだろ!」といった声が上がる。

 わかる、わかるぞその気持ち。俺も逆の立場ならそう思ってた。



『それでは、これより騎馬戦を開始します! よーい……』



 パンッ!!


 スタート合図が鳴り、3チームの騎馬が一斉に動き出す。

 三つ巴の騎馬戦が、始まった。

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