第91話

「ひ、膝枕……?」



 あまりの出来事に聞き返すと、こくりと頷いた。


 おいマジか。え、膝枕? 膝枕、されたいって言ったか?

 つまり、俺の膝を枕に寝転がりたいと? マジ?


 突然の提案にポカーン。

 梨蘭も恥ずかしいのか、内ももに手を入れてモジモジしている。



「そ、その……ほら、暁斗ってキックボクシングとか、筋トレとかしてるわけじゃない? その……硬さとか、太さとか……気になるというか、触ってみたいというか……」

「硬いとか太いとか触ってみたいとか言うなよ。エロく聞こえるぞ」

「え? …………〜〜〜〜ッッッ!!??」



 気付いたのか、自分の体を抱き締めて俺から距離を取った。



「ば、ばか! いいいいいきなり何言ってんのよ!? 家族いんのよっ! こ、こんな所で……!」

「それ、家族いなかったらオーケーって言ってるようなもんだぞ」

「違うから! ちーがーうーかーらー!!」



 ちょ、でかい声出すなよ。家族にバレるぞ。



「……まあ、膝枕程度ならいくらでもいいぞ」

「ふ、ふんっ。最初からそう言えばいいのよ……!」



 離れた梨蘭が、今度は緊張した面持ちでベッドに座り直した。


 な、なんか……こんな反応されると、俺の方が緊張するんだけど。


 冷静に考えてみると、美少女の部屋で、美少女のベッドで、美少女を膝枕するって……ちょっとまずい気がする。主に俺の精神衛生上。

 と、とにかく冷静にさせないと……!



「な、なあ。本当にやるのか?」

「え、ええ。ここまで来て引き下がれないわ……!」



 いや引き下がれよ……!



「お、落ち着け。冷静になるんだ。何も今日じゃなくていいだろっ……!」

「だ、ダメ! 今日じゃなきゃダメ!」

「なんで」

「ぁ……えと……」



 もじもじ、そわそわ、きょろきょろ。

 全く落ち着きがない。なんだ、なんで今日じゃないといけないんだ。



「落ち着いて、ゆっくりでいいから。言いたくなければ、別に言わなくていいし」

「い、言う、言うからっ。……言わないと、伝わらないって学んだし」



 ……そう、だよな。今まで、それで俺達はすれ違ってきたんだ。

 言葉にしないと伝わらないこともある。いや、伝わらないことの方が多い。


 素直にならなきゃ、またあの頃に逆戻りだ。


 でもな──。






「じ、自分の部屋で好きな人に膝枕してもらうの、夢だったんだもん……」






 素直になりすぎじゃね!?


 言葉の端々に恥ずかしさは残ってるけど、こんなに自分のことを大っぴらにするような奴じゃなかったろ!


 あと、もんってなんだ! もんって! 可愛いんだよ! 悶絶死させる気か!



「そ、そう、か。なら仕方ないな」

「え、ええ。仕方ないのよ」



 開き直りやがった。



「あー……じゃあ、どうぞ」

「し、失礼します」



 ゆっくり体を傾け。

 おっかなびっくりという感じで、太ももに頭を乗せた。


 ぴと。



「〜〜〜〜ッ……!」



 なん、と、いう……衝撃ッ。

 これはまずい。俺の中の何かがゴリゴリ音を鳴らして削れていく……!


 梨蘭を見る。

 反対側を向いてるから、顔は見えない。

 けどプルプルと震えていて、緊張してるのはわかる。


 太ももから伝わる、梨蘭の存在感。

 手入れの欠かしていない髪が、薄暗い部屋の中煌びやかに輝いていた。


 この体勢も相まって……ちょっと良からぬ想像をしてしまう。


 まずい、まずいぞ。それだけはダメだ。

 とにかく気を紛らわせないと……!



「ね、寝心地はどうだ?」

「……思ったより、柔らかいかも。硬くないわ」

「まあ、今は力入れてないしな」

「そうなんだ」



 不思議な感覚なのか、梨蘭は頭を擦り付け、指でつつくように触ってくる。

 いや、あの、本気でやめて。マジで。俺の欲望がこんにちはして来るので。



「これは、想像以上に……落ち着くわね」

「……落ち着く?」

「ええ。まるで、私のために作られた枕みたい」



 そんなにか。

 これも濃緋色の体の相性ってやつなのかもな……。



「…………」

「……梨蘭?」

「……しゅぴぃ……」



 寝た!?

 まさかこの状況で寝るか、普通。

 俺だけか? 俺だけ緊張してるのか!?


 気持ちよさそうな寝息を立てる梨蘭と、どうしようもできない俺。


 とにかく、このまま起きるまで待つしか──。






 パシャ。






 ……パシャ?


 音のした方を見る。



「イチャイチャしてんじゃないよ、青少年♪」

「か、迦楼羅さん……!?」



 扉の隙間から顔とスマホを覗かせた迦楼羅さんが、めっちゃニヤニヤしていた。



「ちょ、撮ったんですか今……!?」

「しー。リラが起きちゃうでしょ」

「あ、すみません。……じゃなくてっ」



 何勝手に入ってきて、勝手に写真撮ってんだこの人!


 迦楼羅さんは音を立てないように部屋に入り、梨蘭の前に屈んだ。



「ふふ。安らかな寝顔……こんなに幸せそうな顔、子供の時以来だよ」

「そうなんですか?」

「うん。リラって、ハーフってことでちょっと色々あってね。人間関係とか。この子、不器用だから」



 迦楼羅さんが、優しく梨蘭の頭を撫でる。


 まあ、梨蘭の不器用っぷりは今に始まったことじゃない。

 それが子供の頃となると、今以上に顕著だったんだろう。



「自分を強く見せるため、隙を見せないように、いつも気を張ってた。そんなこの子がこんな顔で寝られるのも、アキト君のおかげだよ。ありがとね」

「……俺は、何もしてないですよ」

「そんなことないよ」



 迦楼羅さんは立ち上がり、今度は俺の頭を撫でた。



「リラを、よろしくね」

「……はい」



 こんな風に頭を撫でられるの、久々だ。

 俺は長男だし、琴乃の頭を撫でることはあっても、撫でられることはない。


 ……いいもんだな、撫でられるのも。



「……って、そんなんで写真のこと誤魔化せると思ったら大間違いっすよ」

「チッ。消さないよーだ。これは我が家の家宝にするんだから。じゃっ」

「あ、ちょっと……!」



 行っちまった。

 梨蘭も起こせないし……諦めるかぁ。



「むにゃ……あき、と……」

「ん?」



 ……寝言か?



「……好、き……すや……」



 ────。


 ……勘弁してくれ……可愛すぎんだよ、ちくしょう。

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