第192話

「──とまあ、こんな感じかな」

「いや嘘だろ」



 寧夏と梨蘭が懇切丁寧に説明してくれても、どうも信じられない。


 素直な言葉を口にすると、梨蘭が苦笑いを浮かべた。



「まあ、その気持ちはわかるわ。私も初めて聞いたら、嘘だと思うもの」

「残念ながら嘘じゃないんだなぁ」



 えぇ……マジかよ。


 えっと、寧夏と龍也が赤い糸で結ばれていて。

 寧夏が政略結婚を強要されて引き剥がされそうになって。

 濃緋色の糸で繋がっている俺と梨蘭が、ジュウモンジグループに入ることで政略結婚以上のメリットを提示する、て……。



「……俺ならやりかねないな」

「でしょ?」



 うん。今でも同じようなことになったら、その選択肢を選ぶかもしれない。


 まあたかが半年の記憶が無くなっただけだ。人間、そんな簡単には変わらないってことだろう。



「だからアッキーはウチらの恩人なんだよ。……どう? 思い出せそう?」

「んー……ごめん。なんか頭の片隅で引っかかってはいるけど……」

「そっかぁ……んにゃ、急ぐ必要はないよ。ゆっくり行こうぜぃ、アッキー」



 にひっと笑う寧夏に釣られ、俺も笑みを浮かべる。


 でも琴乃がブチ切れた理由もわからんでもない。

 こんな無茶なことばかりしてたのか、俺は。

 反省しなさい、過去の俺。って、今の俺でもあるんだけど。

 確かに少し考えて行動した方がいいな。


 と、寧夏はぴょんっと立ち上がり、鞄を手に持った。



「さてさてさーて! ウチらは帰るよ。いつまでもお邪魔する訳には行かないしさっ」

「え? もう行っちゃうのか?」



 せっかく久々に寧夏と龍也と一緒に遊べると思ったのに……ちょっとしょんぼり。



「……アッキー、わざとか? わざとあざとくなってるのか?」

「は? 何が?」

「……リラ、アッキーってこんな感じだったっけ?」

「暁斗は昔から可愛いわ」

「この子に聞いた私が馬鹿だった」



 頭を抑えて首を振る寧夏。

 意味がわからず首傾げ。

 あと梨蘭、そんな自信満々に可愛いとか言うなよ。ちょっと男の沽券に関わるんだけど。



「んー……ま、せっかく寝たりゅーやを叩き起すのも可哀想だしねぃ。もうちょっといさせてもらおうかな」

「そうしろそうしろ。梨蘭、晩飯こいつらも一緒でいいよな?」

「ええ。準備してくるから、仲良く遊んでなさい」

「「はーいお母さん」」

「誰がお母さんだ」



 梨蘭が俺らに軽くチョップをすると、キッチンへ向かっていった。



「リラ、なんだかんだ言っていい新妻感出してんね」

「ああ、未だに慣れない。ついこの間まであんなにいがみ合ってたのに、寝て起きたら献身的な若奥様って感じなんだもん」



 慣れないけど、この慣れない感じが心地いい。

 多分『運命の赤い糸』で結ばれてるからそう思えるんだろう。



「なんだいなんだい。幸せそうじゃんか」

「にやにや顔やめろ」



 でも……幸せ……幸せか。



「幸せなんだろうな。きっと」

「アッキー?」

「……今こうして俺と梨蘭がこの家に住めるのも、過去の俺が頑張ったからだ。だから幸せを噛み締められるけど……今の俺には、その記憶が無い」



 仕方ないとは言え、何もできないのが歯がゆい。

 そんな俺の気持ちを察したのか、寧夏は俺の肩を優しく叩く。






「アッキー、暗い」

「人の心を的確に抉らないで」






 ビックリするくらい急所を攻撃してきやがった。

 寧夏はやれやれと首を振る。



「アッキー、あんまり思い詰めるなよぅ。そんな時は体を動かして遊ぼうぜ! 気分転換だ!」

「でも俺、運動系は禁止されてるんだけど」

「ゲームなら問題ない、問題ない!」



 ウキウキ顔で梵天堂スイッチャーを起動させ、コントローラーの1つを渡してくる。


 2人対戦で、体を動かす系のゲームだ。

 記憶を無くす前から発売されてたから、これのやり方は概ねわかってる。



「いいのか寧夏。俺、これ結構やり込んでるぞ」

「にししっ。返り討ちにしてやんよ♪」



 確かに寧夏の身体能力は高い。

 このミニマム体型のどこにそんな力があるのか、不思議なくらいだ。

 だけど俺だって、寧夏に負けないぐらい運動は得意だ。好きかどうかはともかく。


 ふっ、吠え面かかせてやるぜっ。

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