第210話

   ◆



「はふっ……疲れましたね」

「だな。あいつらはまだ元気そうだけど」



 かれこれ2時間も歩きっぱなしで、俺と朝彦はショッピングモールのベンチで休んでいた。



「朝彦、体調の方は大丈夫か?」

「ええ、お陰様で。もう少しお休みを頂きたいですが……ですが、噂通りですね。ショッピングになれば、女性の体力は無限大です」



 言えてる。

 梨蘭とひよりは、近くの店で楽しそうに服を物色していた。


 まさかあの2人が、こんなに楽しそうにするなんてなぁ……人生何が起こるかわかったもんじゃないや。


 予め買っておいた水で喉を潤す。



「そういえば暁斗さん、ひよりさんから聞きましたよ」

「なんだ?」

「ひよりさん、昔暁斗さんのこと好きだったんですよね」

「ぶぼっ!?」



 げほっ! えほっ! へ、変なところ入った……!



「えっ。だ、大丈夫ですか?」

「だ、大丈夫だ。大丈夫」



 あー、びっくりした。

 まさかひよりのやつ、そんなことまで朝彦に教えてたなんて。



「ど、どこまで聞いたんだ?」

「あなたがひよりさんを痴漢から助けて、それからあなたを好きになり、告白したところまで」

「全部じゃねーか」



 なんとなく居心地が悪くなり朝彦から目を逸らす。

 と、朝彦は慌てたように口を開いた。



「い、いや、別に怒ってるとかじゃないんですよ。というか怒るようなことでもないですし」

「そうなんだが……」



 だって俺の身になって考えたら、梨蘭が昔好きだった男が目の前にいるって状況だろ?

 間違いなく気まずいだろ。

 というか現在進行形で気まずいんだが。


 でも朝彦は爽やかな笑顔を浮かべたまま、ひよりを見る。

 いや、ひよりじゃない。ひよりを通して、どこか遠くを見ているような……そんな目をした。



「確かに、最初は驚きました。でもしょうがないじゃないですか。人の気持ちは止められません。16歳になれば『運命の赤い糸』が現れるとわかっていても、好きな気持ちは抑えられない。それが人間です」

「……心当たりがある、とでも言いたそうだな」

「はい。あります」



 それもそうか。

 俺だって梨蘭が初恋というわけではない。


 今でこそ梨蘭のことを愛しているが、当然小学校の時に好きな子はいた。

 もう顔も名前も覚えてないけどな。



「実際に会って、実際に話してみて、ひよりさんがあなたを好きになったのがわかりました」

「俺はそんな御大層な人間じゃない。買いかぶりすぎだ」

「僕はそうは思いません。これでも一乗寺に生まれた身。人を見る目は備わっています」

「……そうかよ」

「はい、そうです」



 なんというか……やりづらい。

 龍也や寧夏とは違う、この感じ。


 ……ああ、そうか。璃音だ。璃音もたまに、相手を見透かすような目をする。

 こいつは、璃音の男版だ。



「改めて、ひよりさんを助けてくださり、ありがとうございます」

「よせよせ。もう昔のことだ」

「それでもです。僕があんな可愛い方と赤い糸で結ばれたのも、暁斗さんが助けてくれたから。もし痴漢されたままなら、ひよりさんは男性不信になってしまっていたことでしょう」

「……なら、そういうことにしといてやるよ」



 その頃はまだ『運命の赤い糸』なんて見えてなかった。

 だから完全に偶然だ。

 偶然に偶然を重ね、今がある。

 ……そう考えたら、本当に偶然かどうか怪しくなって来たな。


『運命の赤い糸』に改めて恐怖を覚えていると、梨蘭とひよりが俺らを呼ぶ声が聞こえてきた。



「ねー暁斗ー。ちょっと選んでくれない?」

「アサたんもこっち来てー」



 朝彦と顔を見合わせる。

 朝彦は肩を竦めて立ち上がり、再度俺に目を向けてきた。



「暁斗さんと梨蘭さん。2人が赤い糸で繋がり、僕とひよりさんが繋がり、こうして一緒にいる。もしかしたら、これも『運命の赤い糸』の力なのかもしれませんね」



 そう言い残し、2人の元へ向かっていった。

 ……『運命の赤い糸』の力、か。

 あながち間違ってないのかもな……。



「暁斗ー?」

「……ああ、今行くよ」



 ペットボトルの水を飲み干し、俺もベンチから立ち上がった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る