第133話

   ◆梨蘭◆



 うぅ、やってしまった。

 私が琴乃ちゃんと乃亜ちゃんを同伴させていいって言ったのに……暁斗、呆れちゃったかな。


 串焼きの屋台の列に並ぶ暁斗の背中を見て、そっと嘆息する。

 すると、私の隣にいた乃亜ちゃんもため息をついた。

 さっきのことで暁斗に怒られてしまったことで、落ち込んでしまったみたいね。


 そう思っていると、乃亜ちゃんの隣にいた琴乃ちゃんが、ちょいちょいと乃亜ちゃんの肩をつついた。



「ほら、乃亜。ちゃんと言わないと」

「わ、わかってるもん」



 乃亜ちゃんは数回深呼吸し、「梨蘭先輩」と声を掛けてきた。



「あの、すみませんでした。本当に……」

「あ、ううん、いいのよ。私の方こそ、ごめんなさいね」

「そ、そうじゃなくて……さっきのこともそうですけど、今日のこともです」



 今日のこと?

 首を傾げる。今日のことってなんだろう。



「ほら、本当だったら、センパイと梨蘭先輩の初めての夏祭りデートで……それを、私のわがままで一緒に来てしまって……だから、謝りたかったんです」



 ああ、そのことを気にしていたのね。

 乃亜ちゃんには悪いけど、ちょっと意外だった。気にしてくれていたのね。



「梨蘭たん、私からも謝るね。ごめんなさい」

「……ふふ。大丈夫よ、琴乃ちゃん、乃亜ちゃん」



 もちろん、100パーセント気にしてないと言ったらウソになる。

 私だって暁斗とのデートは楽しみにしていたし、2人だけの思い出も作っていきたい。


 それでも、2人を誘ったのは。



「これは暁斗には言ったけど、2人のことを想って私から提案したことなのよ」

「……私達を想って?」

「です?」

「ええ。来年には、2人にも自分の『運命の赤い糸』が見えるようになる。そうして運命の人が現れる。そうなったら、もしかしたら暁斗を想う気持ちに変化があるかもしれないでしょ?」



 実際は、ひよりのようなことがあるかもしれない。

 自分の運命の人を認識しても、元から想い続けてきた人を好きなままでいる、特殊なパターンが。


 でもそれは絶対じゃない。

 もしかしたら桃色の糸かもしれないし、緋色……濃緋色の可能性もある。

 そうなったら、暁斗を心から好きという気持ちも変わってしまう。


 今の気持ちが変わる。それは、失われると言ってもいい。


 そんなの……悲しすぎる。



「変化が起こってからのことはその時にしかわからない。それなら、今ある気持ちを大切にして、今の思い出をいっぱい作った方がいい……そう思ったの」



 これは、私の後悔だ。

 今でこそ赤い糸で結ばれているけど、それより前は後悔しかしていなかった。


 暁斗を好きという気持ちが、赤い糸が現れることで消えてしまうんじゃないかという恐怖。

 そして、それがわかっていながら素直になれなかった自分への怒り。


 それら全てをひっくるめて、後悔。


 もし暁斗と赤い糸で結ばれていなかったら。

 暁斗のことを好きだという気持ちがなくなってしまっただろう。


 今がよければいい、なんて楽観的なことは言わない。

 今の気持ちは、今の自分だけのものだ。未来の自分のものじゃない。

 未来のこの子達が別々の道に進んで、この時の気持ちを懐かしむことがあっても。


 決して、後悔してほしくない。



「だから今日は楽しみましょう。ね?」

「…………」

「…………」



 ……え、なんで無言なの?

 ちょっと、何かリアクションしなさいよ。なんか恥ずかしいじゃない。


 どうしたものかと慌ててると、琴乃ちゃんと乃亜ちゃんが私を挟んで腕を抱き締めてきた。



「な、何よ?」

「梨蘭先輩、今日から姐さんと呼ばせてもらいます!」

「梨蘭たん、惚れた! たった今私、梨蘭たんに惚れた!」

「はあ!?」



 な、なんでそうなったの!? 意味がわからないわよ!


 目を爛々と輝かせて、ずいずいと迫ってくる2人。

 な、なんなのよこれぇ!?



   ◆暁斗◆



 ふう、思いの外並んじまった。みんな待たせちゃったな。



「おーい、お待たせ……って、何してんの?」



 みんなの所に戻ると、なぜか琴乃と乃亜が梨蘭の腕に抱き着いていた。

 これ、どういう状況?



「あ、暁斗っ、助けて……!」

「暁斗センパイ! 今日から私も梨蘭先輩を……姐さんを推すことにしました! 一緒に推し活しましょう!」

「私も梨蘭たんに惚れたよ! お兄と同じレベルでかっけー!」

「???? あー……いいんじゃない?」

「思考を放り捨てるんじゃないわよ!!」



 いや、全く状況が理解できてないんだけど。

 ……取り合えず、仲良くなったってことでいい……のか?


 梨蘭に抱き着いて満足気な2人と、困り顔だが満更でもない梨蘭を見る。

 ……なんか、俺も梨蘭に抱き着きたくなってきた。



「おらお前ら、梨蘭は俺の運命の人だぞ。俺の許可なく抱き着くことは許さん。そこどけ。俺が抱き着く」

「あ! ならセンパイも一緒に抱き着けばいいじゃないですか! そうすれば、センパイは姐さんに抱き着けて幸せ。姐さんもセンパイに抱き締めてもらって幸せ。私と琴乃も姐さんに抱き着けて、かつセンパイにも抱き締めてもらえて幸せ。全てが幸せに丸く収まる最適解! どうです!?」

「……いいかもな」

「よくないわよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

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