第134話

   ◆



「はぁー、なるほど。そういうことか。もしゃもしゃ」

「そうなんですよ! 姐さんの言葉で目が覚めたというか、むしろ目覚めたというか! もぐもぐ」

「前も梨蘭たん大好きだったけど、今は大大大好きになったよー。むぐむぐ」

「話すのか食べるのかどっちかにしなさいよ」



 境内の端にある休憩スペースにて、さっき何があったのかを聞いた。

 うーむ、さすが梨蘭。自分の過去と経験を踏まえ、他人には後悔してほしくないという慈愛の気持ちが生まれたか。



「なので、私はこれからセンパイと姐さんの2人を推していくことにしました。グッズ化したらコンプリートします」

「どこの誰がグッズ化すんだよ」

「ネイちゃん先輩あたりにたのめばやってくれそうですよね」

「おいバカやめろ」



 寧夏にそんなこと話したら、間違いなく悪ノリで何か作りそうだから。


 それにしても、俺が串焼きの屋台に並んでたものの数分でこんなことになるとは。



「梨蘭、人たらしの才能があったんだな」

「暁斗が言う?」

「センパイが言いますか?」

「全人類、お兄には言われたくないことばナンバーワン」

「は? 俺は別にそんなことしたことないが?」

「「「…………」」」



 な、なんだよ、その白い目は。

 人をたらしこんだことなんてないよ。……ないよね?



「まあ、お兄の鈍感さは今に始まったことじゃないから」

「そうねえ。暁斗って鋭いときもあるけど、鈍いときもあるものね」

「そこがセンパイの魅力となんでしょうけど」

「「「ねー」」」



 マジで仲良くなってんな。さっきまでギスギスした空気だったのに。

 女子って何考えてんのかわかんねぇ。


 すると、一足先にたこ焼きを食い終えた乃亜が、ぱんっと手を合わせた。



「いやー、それにしても気持ちの変わりようで、こうも心が穏やかになるとは思いませんでした」

「どういうことだ?」

「今までは姐さんのこと、赤い糸の力でセンパイの隣にいる女って感じでしたが」



 お前、そんなこと思ってたの?

 見ろ、梨蘭も顔引きつってるじゃないか。



「でも今は、推しと推しが一緒にいるのを見守るメンタルを確立したので、むしろ2人にはもっと仲良くしてほしい感じです」

「もっと仲良くって……」



 これ以上のことは、アレ、、しかないんだけど。

 梨蘭も同じことを思ったのか、俺を見て顔を真っ赤にさせた。



「顔真っ赤な梨蘭たん、かわえぇ……」

「姐さん、センパイの前だとうぶいですねぇ」

「う、うるさいっ。もふ」



 わたあめにかじりついてそっぽを向いてしまった。

 うーん、可愛い。ちょっと子供っぽいところも可愛い。



「って、そうだ。乃亜ちゃん、暁斗のことまだ好きなんじゃないの?」

「ええ、好きですよ。でも、なんと言いますか……先日のサプライズ誕生日会とか、今日のこととか、お2人を見て……やっぱり私じゃ勝てないんだなと思いまして」



 そう言う乃亜は悔しそうな顔をせず、むしろ清々しそうな顔をしていた。



「……それでいいの?」

「はいっ。というか、そう思ってる今の方が気持ち的にしっくりくるんですよね。好きなアイドルを見守るファンという立ち位置なので」

「……乃亜ちゃんがそれでいいなら、私は何も言わないけど……」



 うむ……確かに無理をしているようには見えない。

 一緒にいた時間で言えば、梨蘭より乃亜の方が圧倒的に長い。

 それでも、乃亜の顔色や表情からは陰りが見えなかった。


 そんな乃亜を見ていると、胸の前で小さく拳を握った。



「来年は推しカプを近くで見られると思うと、なんだか勉強のモチベーションが高まってきました! 今日はいっぱい遊んで、明日からめちゃめちゃ頑張ります!」

「私も頑張るよー!」

「お、おう、そうか……」

「が、頑張ってね。あはは……」



 苦笑いを浮かべる俺と梨蘭。

 理由は不純だが、頑張ることはいいことだ。うん、頑張れよ2人とも。



「というわけで……セーンパイ♡ 私、焼きそばたべたいです~♡」

「あ、私もー♡」

「……ああ、わかったよ」



 明日から受験に向けて猛勉強するんだもんな。

 今日はいっぱい労ってやるか。


 2人が嬉しそうに先を歩き、俺と梨蘭がその後ろからついて行く。

 と、梨蘭が2人に聞こえないように話しかけてきた。



「で、暁斗。もしこうならなかったら、アンタ乃亜ちゃんに何を言うつもりだったの?」

「……なんのことだ?」

「バレバレよ。アンタが乃亜ちゃんを見る目、前みたいに優しいものじゃなくて、覚悟を決めてた目だったもの」



 ……梨蘭に隠し事はできない、か。

 結婚したあとが大変そうだ。



「……こっぴどくフるつもりだった。俺が嫌われてもいいように」

「やっぱりね……あの子の心を縛り付けるのは忍びないからとか、そう考えてたんでしょ」

「ああ。でも、もうそんな心配もなさそうだけどな」



 まさかこんなことになるとは思わなかったけど。

 丸く収まったならそれに越したことはない。



「心配、か……」

「梨蘭?」

「もしかしたらあの子、暁斗に嫌われないために妥協点を見つけたんじゃないかしら」



 ……え? 妥協点……?



「このまま暁斗にフラれるより、暁斗と私の2人を好きになることで、暁斗からフラれることを回避した。そうすることで、より長く暁斗と一緒にいれるようにした。付き合えなくても、結婚できなくても、より長く暁斗と一緒にいれるように」

「そ、それは……」

「ないとは言い切れないでしょ?」



 た、確かに……。

 でもそうだとすると。


 乃亜……強かな女の子だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る