第16話

 ショッピングモールに入り、喫茶店で軽く食事をした。

 俺はナポリタン、久遠寺はサンドイッチ。

 ちまちま食べる姿が小動物っぽくて、見ていて飽きない。可愛らしい。


 2人だけの、無言で食事が進む。

 だけど不思議と居心地がいい。この沈黙が嫌じゃない。

 天敵のような女だが、仲良くなりたいというか、お互いを知りたいと思ってからは、この空気もいいものに感じていた。


 たまごサンドを食べ終えたところで、久遠寺が背筋を伸ばして頭を下げた。



「真田。改めてさっきはありがとう。正直、ちょっと怖かったわ」

「気にすんなって。それにあんなグイグイ来る奴、珍しいからな。怖くて当たり前だ」



 ナンパなんて今の時代珍しい。

 あいつは「皆やってる」なんて言ってるが、運命の人が明確にわかる現代において、ナンパの成功確率なんて低いだろう。


 ナンパで成功するなんて、性におおらかな女性くらいだ。


 つまりあいつは、久遠寺を見て成功すると踏んだと……。



「今からでも血祭りにあげてくるか」

「どうしてその結論に!?」

「だってあいつ……っ、いや何でもない」

「な、何よ。気になるじゃない」

「何でもないったら、何でもない」



 これ以上追求するのも無駄だとわかったのか、じとーっとした目でツナサンドを口に入れた。


 ふぅ……落ち着け、落ち着け俺。もうあんな奴と出会うこともないだろう。うん、気にしない気にしない。


 フォークでパスタを巻き、口に運ぶ。

 それを見た久遠寺は、不思議そうに首を傾げた。



「真田、それだけで足りるの?」

「まあな。家でプロテイン飲んできた」

「出た、プロテイン。体鍛えてるって本当なんだ」

「キックボクシングの為の補強だがな」

「へぇ……ねえねえ、ちょっと触らせてよ」

「ああ。いいぞ」

「──ぁ」



 久遠寺が伸ばしてきた手を止めた。

 と同時に、俺の脳裏にあの階段での出来事がよぎった。


 あの時は手の平が触れただけで、雷で打たれたような衝撃が全身を貫いた。

 これ……普通に触らせようとしたけど、絶対まずいよな……。


 硬直する俺と久遠寺。

 久遠寺の顔は見る見る赤くなり、俺の顔も熱くなるのを自覚した。



「あ、あー……飯、食うか」

「そそそっ、そうね……!」



 気まずい……だけど、心地のいい気まずさだな。

 久遠寺も同じ気持ちなのか、染めた頬を隠すように……でもニコニコ笑ってツナサンドを頬張る。


 俺と久遠寺が一緒に出掛けて、一緒に飯を食うだなんて……数日前の俺に言っても、信じてくれないだろうな。



「不思議ね」

「っ……何がだ?」

「アンタと私が、こうして一緒に出掛けるなんて」

「……そうだな」



 久遠寺も同じように思ってたのか。


 …………。





 あーどーしよめっちゃ顔ニヤけそう嬉しいぃぃぃ!!!!





 おおおお落ち着け俺。クールだ、クールを装え。

 何事もなくナポリタンを食うんだ。うん、俺は冷静だ。


 いやでも嬉しいもんは嬉しいんだよなぁ!



「? 真田、どうしたの?」

「な、何が?」

「なんか変よ。いつも変だけど」

「いつも変は余計だ」



 あ、よかった。ちょっと冷静になれた。

 久遠寺は首を傾げ、食べ終えたのか口元を拭いて手を合わせた。



「デザート、頼むか?」

「いいの? ショッピングの時間は……」

「俺も頼もうと思ってたしな。それに、時間なんていくらでもあるだろ」



 左手を見ると、久遠寺もハッとした顔になった。

 こいつはどう思うかわからんけど、俺は今日の外出を、今日だけで終わらせたくない。



「……アンタ、私のこと……」

「ん?」

「……んーん、何でもないわ。さて、何食べよっかなー」



 久遠寺はニッコニコでメニュー表を見る。


 デザートが好きなのか、どことなく目も輝いてるな。

 何だか、琴乃を相手にしてるみたいだ。



「んー、オリジナルプリンにするか、ビッグパフェにするか……迷う」

「……1口やるから、どっちも頼んでいいぞ」

「ホント!? いいの!?」

「ああ。男に二言はない」

「むふふーっ。なんだ、アンタ優しいわね! じゃあ私がビッグパフェにするから、真田はオリジナルプリンね!」

「はいはい」



 反応も丸っきり琴乃。

 でも妹扱いはしない。目の前にいる彼女は、正しく俺の運命の人なんだ。

 そんな彼女を妹扱いなんてしてみろ。間違いなくぶっ殺される……。


 律儀で、スイーツ好きで、可愛らしいところもある、久遠寺梨蘭。


 今日の外出、いいものになりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る