第15話

 それから毎晩のように久遠寺とやり取りをし、学校ではいつも通りいがみ合っているうちに、約束の土曜日となった。


 日課のジムでのトレーニングを終え、帰ってきたのは10時前。

 久遠寺との集合時間は12時に駅前だから、まだ時間はある。


 シャワーを念入りに浴び、普段は付けないワックスで髪を整える。

 ついでに練り香水を耳の後ろと手首に付けた。



「……目ヤニはない。髭の剃り残しもない。髪も整えた。服にシワもない。うん、よし。問題なし」



 ……何で俺、こんなガチになってんだ。

 改めて考えると、これはデートじゃない。デートではなく、互いが互いを知るために一緒に出掛けるだけだ。


 ……これ、俺気合い入りすぎかな……?

 いやいや、これが普通。これが俺だ。うん、何も問題ない。……はず!


 腕時計を確認。

 現在11時10分。家から駅までは徒歩で20分掛かるが、まあ今から出て少し余裕を持って待てばいいだろ。



「よしっ。行くか」



 気合を入れ、お気に入りのレザースニーカーを履く。

 これならいくら歩いても足が痛くなることはないし、疲れることも無い。

 ふっふっふ……完璧……完璧だ……!


 意気揚々と玄関を出ようとすると、今起きたのか琴乃が欠伸をしながら階段を降りて来た。



「ふあぁ〜。あれ〜、おにい、どっかいくのぉ? ことのもいくー」

「おい、寝ぼけすぎて幼児退行してんぞ。それと服をちゃんと着なさい」



 キャミソールの右肩がずり下がり、辛うじて胸に引っかかって丸出しにはなっていない。

 ほんと、いい歳なんだからもう少し羞恥心を持って欲しい……お兄ちゃん心配よ。



「じゃ、行ってくる。琴乃もさっさと顔洗えよ」

「あーい。行ってらっさー」



 家を出て、のんびり住宅街を歩く。

 絶好のお出掛け日和とはまさにこのこと。そよ風も気持ちよく、いたずらっ子のように肌を撫でる。


 雲ひとつない晴天、というわけにはいかないが。青いキャンバスに白い雲がよく映えていた。


 のんびり歩いていると、公園で男の子と女の子が遊んでるのを見掛ける。

 兄妹だろうか。それとも近くにいる2人のママ友の子供達か。

 何にせよ、仲のいい2人だ。俺と久遠寺とは大違いだな。


 と、2人のママ友が子供達を呼んだ。予想通り2人はそれぞれの子供らしい。


 少年少女よ。今隣にいる人を大事にしろよ。もしかしたら将来、隣の人が運命の人かもしれないからな。


 俺だって、久遠寺が運命の人だって知ってたらもっと大切に──。



「うぐおおおおおおおおおおお!!!!」



 大切にって何じゃああああああ!!!!



「おかーさん。あのおにーちゃんかべにあたまうちつけてる」

「へんなひとー」

「「見ちゃいけませんっ」」



 ぐっ……! このままじゃ不審者扱いされてしまう。さっさと向かおう。


 公園から逃げるように、足早で駅前へと向かった。

 そのせいか、時刻は11時20分。予定より全然早く着いちまった。


 着いちまったんだが……。



「……何であいつ、こんな早くいんの?」



 待ち合わせの時計塔。

 その下で、前髪をいじってソワソワしている久遠寺がいた。


 ベージュのフィッシュテールスカートに、白のベルスリーブのシャツ。

 首にはワンポイントのネックレスが輝き、光の具合で虹色に輝いている。


 ソワソワしているが気品があり、誰の目に見ても高嶺の花。

 この場にいる誰よりも存在感を醸し出している久遠寺を中心に、円形状の空間ができあがっていた。


 まさしく、誰も寄せつけない聖域サンクチュアリ


 ……近付きにくい……。

 い、いやいや。気圧されることはないぞ、俺。久遠寺は俺を待っているんだ。うん、だから近付いても大丈夫。


 密かに気合を入れ直し、久遠寺に近付こうと──。






「うわっ、かわいー! ねぇねぇ、お姉さん暇?」






 ……は? 誰だこいつ。


 明らかにチャラ男。明らかに陽キャ。明らかにヤリチン。

 そんなイメージの男が、久遠寺に声を掛けた。



「……誰ですか」



 久遠寺も同じことを思ったようで、目尻を吊り上げて男を睨む。

 だが男はその睨みに怯む様子はなく。



「お姉さん怒った顔もかわいーね! この辺でいい喫茶店知ってんだけどさ、どう? お茶しない?」

「結構です」

「まあまあ、そう言わずに」



 と、久遠寺の肩に手を回し──ッ!



「アンタねぇ……!」

「おいコラクソ野郎」



 気付いたら俺は、男の手首を掴んで捻り上げていた。



「ぁ……さ、真田……」

「悪いな、久遠寺。怖がらせちまった」

「っ……んーん、大丈夫」



 久遠寺は俺の背中に回ると、服をちょこんと摘んだ。

 震えてる……何だかんだ、怖かったんだろうな。

 ……こいつ、ぶちのめしてやろうか。


 更に少しだけ力を入れる。



「いででででで! なっ、何だよ!」

「何だよだと? お前こそナンパなんて何のつもりだ」

「はぁ!? 皆やってることだろ! 運命の人との愛情と、性欲は別モンだろうが!」

「だったら家で1人でマスかいて寝てろ」



 捻り上げた腕を押すように前に突き出すと、男はよろめき、しりもちをついた。

 俺を睨み付けてくる男。だが、俺の姿を見た男は怯み、逃げるようにその場を後にした。



「……久遠寺、大丈夫か? ……久遠寺?」



 あれ? 反応がないな。

 未だ俺の服を摘んでいる久遠寺を振り返る。

 と、久遠寺は俺を熱にうかされたような目で見上げていた。



「久遠寺? おーい?」

「……っこぃぃ……」

「え?」

「……ッ! な、何でもないわよ!」

「そ、そうか」



 え、何でキレられたの俺。

 だが久遠寺はさっきの輩がまだ怖かったようで、俺の服を離さない。



「……お礼は言っておくわ。ありがとう」

「気にすんな。……それより、待たせたか?」

「いえ、私もさっき来たところだから。……アンタこそ、早いんじゃない?」

「あー……気分だ。お前こそ早いな」

「気分よ」

「「………………ぷっ。ふふっ」」



 全く、何だよそれ。



「せっかく早く集まったし、食事にしましょう」

「だな。……ああそうだ。久遠寺」

「何よ」

「服、似合ってんぞ」

「にゃっ!?」

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