第58話
頭の中で色んなことがぐるぐると回る。
政略結婚だなんて、今どき聞いたことない。
そもそも、俺らには赤い糸がある。
赤い糸がある限り、そんな人権無視みたいな話が……!
「……そうだ、そうだよ。なんで赤い糸があるのに、そんなことになるんだ? 赤い糸で繋がってる人同士で結婚すれば、それが幸せだって……!」
「アッキー。その幸せって、誰の幸せ?」
「え……そ、そんなの、お前らじゃ……」
「そう。この糸があれば、私とリューヤは幸せになる。でもうちみたいな大企業の家は、そうは思わないんだよ」
……どういうことだ……?
寧夏の言葉の意味がわからず首を捻る。
「うちみたいな大企業の子供は、協力会社の御曹司やご令嬢と結婚して企業間の結束を強くして、社会に還元するんだよ」
……は? 社会に還元?
「ごめん。俺の頭が急に馬鹿になったみたいだ。……つまり?」
「私個人の幸せより、社会の幸せが大事ってこと」
「そんな馬鹿なことがあるか!?」
衝撃的すぎて思わず立ち上がってしまった。
そんなことがまかり通っていいはずがないだろ。何を考えてるんだ……!
龍也は、そんな俺を少し冷めた目で俺を見上げた。
「暁斗。世の中には表沙汰になってないだけで、こう言った事例がいくつもある。それが偶然、俺達だった。……それだけだ」
「んな偶然があるか! 龍也、テメェ何でそんな冷静なんだよ!」
「……冷静、だと?」
龍也がのそりと立ち上がり──勢いよく俺の胸ぐらを掴みあげた。
「これが冷静に見えるのか、テメェは! アァ!?」
「リューヤ、だめぇ!」
鬼気迫る顔で拳を振り上げる龍也。
が、寧夏の叫びにそれが振り下ろされることはなかった。
「テメェにッ……テメェに何がわかる! この苦しみが! この痛みが! 俺の何がわかるってんだよ!」
「わかるかクソボケが! いじいじしてる龍也なんて龍也じゃねえ! 底抜けに明るいテメェは、こんな事で諦めるような奴じゃねぇだろ!」
「それがわかってねーっつってんだよ! 相手は大人だ! 経済だ! 俺達じゃ想像もつかねぇ、社会そのものなんだよ! 諦める、諦めないの前に、端から勝負にすらなってないんだ!」
「こんのッ──!」
頭に血が上り、俺も拳を振り上げ──。
「ダメって言ってるでしょーがぁ!」
「ぶべっ!?」
「はがっ!?」
え、あっ、いってぇ……! 顔面殴られ……!?
真横からの衝撃に、俺と龍也がひっくり返る。
その衝撃の原因である寧夏は、ソファーに上に着地して倒れてる俺達を指さした。
「落ち着けバカ2人! こんなことで喧嘩すんな! あほ! ばか! ばかばかばーか!」
予想していなかった痛み。
今にも泣き出しそうな寧夏の表情。
それを見て、頭に上っていた血も一気に引いた。
龍也も同じなのか、俺の胸ぐらを掴んでいた手を離した。
「悪ぃ、暁斗。俺……」
「いや……俺こそ悪かった。そうだよな。お前らが1番辛いってのに……」
お互い一気に沸騰し、そのお陰で冷静になれた。
ソファーに座り直し、お茶で口内を濡らす。
それでもまだ心の中では納得いっていない。そりゃそうだろう。こんなの納得しろって方が無理だ。
「2人は、この先どうするのかって考えたのか?」
「ああ。実は2人で色々話し合っててな。……この現実を受け入れることにした」
龍也の言葉に、寧夏はスカートをギュッと握った。
話し合って結論は出たけど、納得はいってないって感じか。
納得いってなくても、俺達はまだ子供。大人や会社、経済が絡むことに対してできることなんてない。
あまりにもあまりにだ。クソが。
「……寧夏の両親は、龍也が運命の人だって知ってるのか?」
「……話してない。仕事が忙しくて、満足に話もできてないから……」
「そうか……」
確かに、何度か寧夏の家に行ったことはあるけど、お手伝いさんがいるだけで両親には会ったことがない。
寧夏からも親のことは聞いたことないし……どんな人なんだろう。
「ならさ、一度時間取ってもらって話し合ってみるのはどうだ? こんなに近くに運命の人がいるなんて、両親も思ってないだろうし」
「で、でも……」
「暁斗、気持ちはありがたいけど」
「何事も、話してみれば意外とわかってくれるかもよ。もし寧夏の運命の人が知りもしない相手だったら、説得は難しいかもしれないけど……こんなに近くにいる相手と結ばれてるってわかれば、考え直してくれるかもしれない。な?」
考え込む2人。
すると、先に龍也が頷いた。
「ネイ。俺からも頼めるか。やっぱり一度くらいは挨拶してーからさ」
「リューヤ……いいんだね?」
「おう。覚悟はできてる」
「……わかった」
寧夏はスマホを取り出し、電話を掛ける。
「……あ、お父さん。今いい? ……うん、ごめんね。直ぐに終わる」
普段見せない赤らんだ顔で龍也を見つめる寧夏。そして。
「紹介したい人がいる。会えないかな」
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